商社の仕事人(84)その1

2021年03月6日

日本紙パルプ商事 堀本育哉

 

世界中の「紙」をめぐる冒険は、

まだ始まったばかりだ!

 

 

【略歴】
堀本育哉(ほりもと・いくや)
1987年、神奈川県藤沢市出身。立教大学経済学部経済学科卒業。2009年入社。

 

遙かなる草原の国で

蒼き狼チンギス・ハンの末裔たちの国、モンゴル―。

ゴビ砂漠以北の草原地帯に日本の4倍もの国土を有し、300万余りの人々が暮らすこの国は、大相撲における歴代外国人力士の最多輩出国でもあり、親日感情の強い国の一つとしても知られる。

2018年7月、その首都ウランバートルにある印刷会社で、現場の熟練技術者たちを前に一人の商社パーソンが、新規受注した紙の使用方法を伝えていた。

「この機械は、ここに紙をセットする方式のため、紙を使用する際は……」

インクと油の匂いが充満する印刷現場で額に汗を滲ませながら説明をしているのは、紙流通のリーディングカンパニー・日本紙パルプ商事の国際営業本部に所属する堀本育哉である。

日本紙パルプ商事は、一八四五年、京都で和紙商・越三商店として創業。以来、176年にわたり脈々と続く老舗であり、「紙」に関するトータルコーディネートを行う商社である。

「紙、そしてその向こうに。」をコーポレートスローガンに掲げる同社は現在、「国内卸売」のみならず「海外卸売」「製紙及び加工」「資源及び環境」「不動産賃貸」の五分野にビジネス領域を拡大させ、海外21か国、国内外併せて120社のグループ会社を展開している。また、世界の紙商ビジネスにおける最強企業の一つとして、2017年にはグループブランド「OVOL(オヴォール)」を導入し、グループ一丸となって、新たな事業領域の拡大や海外市場のさらなる深耕に意欲的に取り組んでいる。

その日本紙パルプ商事に入社して10年目を迎えた堀本がはるばる訪れたモンゴルの印刷会社は、同国で最大級のコングロマリット(複合企業体)の創業母体にあたる企業である。堀本はその印刷会社の社長に対して、日本製の高品質な紙の提案をかねてより続けてきた。なぜなら、その印刷会社が「輪転機」を導入するという情報をキャッチしたためだ。輪転機とは、ロール状の「巻取」を使用し、高速で連続印刷ができる印刷機であり、日本ではよく使われる印刷機だ。だが、海外ではあらかじめ裁断されたシート状の紙を使用する「枚葉印刷」が主流のため、巻取に関するノウハウが日本に比べ浅い。ここに商機を見出し、堀本は定期的な訪問を重ねてきたのだ。

巨大なコングロマリットにおいて、印刷部門を統括するその社長は、売上や利益率のアップに直結する生産の効率化に対しては、言うまでもなく貪欲である。と同時に、社長はメイド・イン・ジャパンの製品は高品質で持続的に安定供給されることも心得ていた。

「日本製の巻取? 提案を聞くだけなら損はないな……」

堀本からの度重なるアプローチに、そう考えた社長は、紙や印刷について豊富な知識と見識を持つ堀本の言葉に一度だけ耳を傾けてみることにした。

ようやく巡ってきたチャンス―。

堀本は、コストにシビアな社長に対して、日本製の巻取の優位性について誠実に説いた。

「確かに他社の製品より割高です。しかし、ご存じのように当社は高い品質の紙を安定して供給し続けることができます。また、中国製の紙とは強度が違います。中国製では1時間あたりに輪転機で刷れる枚数は100枚が限度でしょう。しかし当社が供給する日本製の紙なら200枚は印刷できます。つまり生産効率が2倍になるというわけです」

堀本の口にした〝生産効率〟という言葉に社長は笑顔で大きく頷いた。それは日本製の巻取の導入が決まったことを意味していた。ただし、巻取の導入にはモンゴルゆえの問題もあった。それはモンゴルの気候である。ステップ気候のモンゴルにおいて、冬場はマイナス30度を下回る日も珍しくない。それが輪転印刷には大きな影響を与えるのだ。

「実は紙には5パーセント程度の水分が含まれているので、最高気温が氷点下になると倉庫に保管されていた紙が凍結してしまい、輪転機に通すと氷が砕けるようにパリンと割れてしまうのです」

そこで堀本は、印刷会社で働く技術者たちに、冬場の巻取の取扱方法について、自らモンゴルを訪れ、事細かにレクチャーすることにしたのである。

「いいですか、皆さん。巻取は必ず輪転機のそばに一日置いて温度を慣らしてから使ってください。印刷する前日に倉庫から出して置くことを忘れないでください。でないと、紙が輪転機の中で粉々に砕けてしまいますから」

真剣な面持ちの技術者たちに自らの知見を惜しげもなく伝授する堀本。だが、堀本が紙と印刷のスペシャリストに成長するまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。

 

ナンバーワンの商材で最貧国を救え!

相模湾に面する神奈川県藤沢市―。

「湘南」地域では最大の人口を誇るこの地に生まれた堀本は、高校時代には世界史を得意とし、中国の三国時代やローマ帝国時代を好んで調べるうちに「世界は経済で回っている」ことに気づく。立教大学の経済学部に進み、貧しい国が豊かになるプロセスを研究する「開発経済学」について学んだ堀本の興味対象は、アジアに点在する最貧国だった。

「私たちの周りには物が溢れ返っていますが、実は世界の多くの人たちは、そういう物質的に豊かな暮らしができていないのが現実です。私の入学当時、東南アジアはすでに経済発展の途上にあり、先進国を追いかけていたので、主にバングラデシュやミャンマーについて研究しました」

2006年にノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行のように、マイクロファイナンスと呼ばれる低金利の無担保融資を行うことで、貧困層が自ら生活を向上させようとモチベーションを高める施策について研究をしていた堀本は、JICAや国連のように与えるだけの支援や援助には限界があると感じていた。そこで、貧困国の人々がビジネスを通じて自力をつけ自ら豊かになる術を身につけてほしいと考え、就活では、ビジネスで世界の人々に持続的な貢献をしようと考える「商社」を志望する。そして総合商社から専門商社まで見て回った結果、自分の性格と最も相性の良さを感じたのが日本紙パルプ商事だった。

「総合商社は大きすぎて、どの事業分野に配属されるかも分かりませんし、単に経営者になるのが目標という上昇志向の強い人にはいいのかもしれませんが、私の心にはあまり響きませんでした。また、繊維や機械の専門商社は自分の情熱をぐいぐい前面に押し出してくる人たちが多かったのに対して、日本紙パルプ商事は長い歴史と伝統があることと、紙流通の分野では国内ナンバーワンの企業であると共に、OB訪問でお会いした先輩たちも、どこか穏やかで物腰のやわらかな方が多かったように思います」

しかし、堀本は決して相性の良さだけで日本紙パルプ商事を選んだわけではなかった。紙という商材の未来についても徹底して研究を行ったと言う。

「当時、日本紙パルプ商事はまだ海外での売上が一五パーセント程度で、これから本格的に海外市場に進出しようとしている段階でしたし、実際、紙は世界中の誰もが使う商材です。特に人口の多い最貧国や発展途上国においては衛生紙やノートなどが必要不可欠なので、将来性の高さを確信していました」

こうして日本紙パルプ商事の面接に臨んだ堀本は、幼いころから父に教わってきた渓流釣りやキノコ狩りなど趣味の話題で面接官と大いに盛り上がり、あっと言う間に選考を駆け上がっていった。

「面接での質問は志望動機などごく一般的なものばかり。商社はどこもそうですが、実は学生が何をやってきたかだけが重要なのではなく、面接官がその学生と飲みに行って楽しいと思うか、面接官自身が客だとして目の前の学生が営業に来たらモノを買うか、という人間性の部分が判断基準なのだと感じました」

こう語る堀本は、見事に内定を勝ち取り、2009年4月、最貧国の人々の自立に繋がる紙関連ビジネスの創出を頭の片隅に置きつつ、日本紙パルプ商事に入社する。

⇒〈その2〉へ続く

 


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