商社の仕事人(84)その2

2021年03月7日

日本紙パルプ商事 堀本育哉

 

世界中の「紙」をめぐる冒険は、

まだ始まったばかりだ!

 

 

「シェア」から「利益」の時代に

新人研修を終えて、堀本が配属されたのは印刷・情報用紙営業本部の印刷用紙部。ここでの業務は製紙メーカーと印刷会社の間に立ち、双方を結ぶルートセールスである。その中で堀本が受け持った仕事は、印刷会社から紙の注文を受け、期日までに納入の手配を行う、いわゆる「デリバリー」と呼ばれる業務。だが、紙について知識の乏しい新入社員にとって、ひっきりなしにかかってくる電話への応対はなかなか厳しかった。

「四六判のコート紙63キロ10連、今日の午後1時までに届けてくれ!」

「すみません、ただいま確認しましたところ在庫が不足していまして……」

「じゃあ、いますぐ何とかしろ!」

否応なく切られる電話―。

堀本の部署が担当する印刷会社は、全部で107社。印刷会社の顧客であるエンドユーザーは「1週間後に印刷したチラシを3000部届けてほしい」と急なオーダーを出すのが常だ。そこから印刷会社が印刷機の空き状況などを確認し、逆算すると紙の手配は今日か明日というギリギリのスケジュールにならざるを得ない。そのため堀本は、朝イチから鳴り止まない電話に対応しつつ、同時に別件の配送手配を行うといったことも日常茶飯事だった。

また紙には膨大な種類があり、堀本は主な銘柄を頭に叩き込んでおく必要もあった。

「堀本、これを渡すから明日までに覚えてこい。毎日始業前にテストするからな」

こう言って先輩から渡されたのは、さまざまな種類の紙をひと束に綴じた見本帳。しかもこれが製紙メーカーごとに用意されている。先輩たちは業務時間前の毎朝8時からどの紙がどの製紙メーカーの銘柄かを堀本にテストしたあと、9時を過ぎると外回りに出ていく。オフィスに残された堀本は分からないことを先輩に聞くわけにもいかない。時には納品先を間違えるミスも犯し、印刷会社と先輩の両方から怒鳴られたこともある。

「何だ、またお前か。お前じゃ分からんから別の人に代わってくれ!」

電話に出た途端、印刷会社の購買担当者にこう言われることもあったが、周囲のスタッフもみな堀本同様に忙しく、代われるような状況ではない。ところが、こうした環境の中、とにかく紙の種類を覚え、配送ルートを覚え、がむしゃらに業務に立ち向かううちに、堀本は少しずつ顧客の信頼を勝ち取っていく。やがて秋を迎える頃には、「入社半年でよくここまで成長したな」と、ねぎらいの言葉をかけられるほど、紙の知識も身につけ、配送のやりくりも上手くなっていた。そして不思議なことに、いつ、どの印刷会社がどんな紙をどのくらい必要とするのかといった感覚もおぼろげながら身についてきた。まさにOJTの基本である「習うより慣れよ」、多忙な環境に堀本が見事に順応したのである。

こうして1年間、猛烈なデリバリー業務に取り組んだ堀本だったが、そんな奮闘とは別の次元で会社の経営方針は大きく代わりつつあった。従来、印刷用紙部の最大のミッションは、シェアの拡大だった。しかし、印刷用紙の需要が減少し、シェアの拡大が利益に直結しない市場環境の中では、堀本がこなした連日の激務は、残念ながら収益には結びついていなかった。

堀本の入社2年目から日本紙パルプ商事は利益重視の経営に転換し、印刷用紙部も新体制に再編された。そして、チーム一丸となって「稼げる部隊」を目指すことになった。新たなチームが収益改善のためにまず着手したのは、収益性の低い取引の見直しだった。その結果、取り扱い数量が減少し、シェアを落とす結果となったが、収益改善のためには止むを得ない選択だった。

次にチームが目指したのが、配送の効率化だ。エンドユーザーからのオーダーごとに印刷会社が日本紙パルプ商事に発注し、その都度、細々と納品していては物流コストがかさむ。そこで考え出したのが、過去のデータから使用量や銘柄を予測し、あらかじめ大きなロット(配送単位)で印刷所に紙を納入しておく方法だ。複数の用途でも同じ紙を使うことが確定している場合、用途毎ではなく複数の注文をまとめて一括で納入するほうが物流コストを抑えられる。ただし、これは在庫を保管する印刷会社側の協力も不可欠だ。2年目からデリバリーの傍ら、営業回りにも出ていた堀本は担当する印刷会社に通い、交渉を重ねた。

「御社であらかじめ紙を保管していただき、必要な分を必要なときに印刷していただき、使った数量だけその都度報告してくだされば、月末にまとめて請求いたします。御社も発注業務が削減できますし、配送コストが減る分、納入価格も抑えられますよ」

堀本たちの交渉に応じて、協力を申し出る印刷会社は多数に及んだ。

さらに社内の意思統一も印刷用紙部にとっては大仕事だった。自社の在庫を先方に預けることで発生が予想されるトラブルや責任の所在などの懸念に対して、堀本たちは具体的な契約条項を隅々まで検討し、一つひとつ問題をクリアしていった。

こうして印刷用紙部は、堀本の入社2年目の下半期から収益が大幅に改善。

「やってみれば何でもできるもんだ!」

堀本はそんなことを思いつつ、チームのみんなとともに祝杯をあげた。

 

「枠」を越えた先にこそ未来がある

ビジネスの現場においてペーパーレス化が叫ばれて久しいが、実際に国内の紙の需要は2008年9月のリーマンショック以降右肩下がりが続き、2011年3月の東日本大震災後は激減の一途を辿った。日本紙パルプ商事はこうした危機的状況に際して、従来のように紙流通に特化していくのではなく、紙に関連したビジネスの領域を広げていく努力を始めた。

だが、印刷会社に紙を売る部隊である印刷用紙部にとって、紙の需要減は深刻だった。売上計画として右肩上がりのグラフを示されるものの、現実はそれとは正反対に推移する。そんな中、入社して五年が経過していた堀本が考えたのは、縦割りになっていた事業部門の「枠」を乗り越えること。つまり他部署が扱う商材を使って、「自分たちの顧客=印刷会社」を相手にビジネスを立ち上げるプロジェクトに乗り出したのだ。

「私には同期入社が54人もいて、ここ十数年では最大の人数です。さまざまな部署に散っている同期のツテを頼って、印刷会社相手にビジネスになるものがないかと声をかけたんです」

まず目をつけたのが、印刷会社で発生する古紙だ。印刷会社に納品した紙はすべてが商品となるわけではない。24時間体制で印刷機を回している印刷会社では、試し刷り等で使用する無駄な紙の量も膨大だ。かたや日本紙パルプ商事では、古紙の再資源化をビジネスとして展開しているので、古紙が欲しい。

「じゃあ、印刷会社は使わなかった紙を売ればいいし、私たちはそれを買わせていただきたいと考えたのです」

印刷会社サイドとしても、大量の古紙を買い取ってくれるという話なので、堀本の提案はまさに願ったり叶ったりである。

また、折しも東日本大震災の影響で電気料金の値上がりが印刷会社を直撃していた。そこで堀本は、日本紙パルプ商事が仲介する小売電気事業者の電力供給で、電気代を抑えることができることを印刷会社に説明した。すると印刷会社の担当者は口々にこう言った。

「古紙といい、電力といい、我々のことをそこまで考えて提案してくれるのは、あなただけだよ」

堀本の目論見は見事に当たり、印刷会社を対象とした古紙再資源化事業も電力の販売も、印刷用紙部の売上を支えるようになった。

だが、堀本の営業活動はこれだけには留まらなかった。堀本は印刷会社以外にも、折り込みチラシを必要とするスーパーマーケットや量販店、カタログ販売をしている通販会社などのエンドユーザーに直接コンタクトをとるという営業に打って出たのだ。つまり、ここでも先輩から受け継いできた既存取引先という「枠」を超えたのである。

この〝提案型営業プロジェクト〟を可能としたのは、実は、印刷用紙部が「シェアから利益へ」と経営方針を変更した際に収益性の低い取引を見直した結果、印刷会社への依存度が減っていたことが大きい。というのも、一般的にスーパーマーケットや通販会社など流通大手のチラシやカタログは、印刷会社に一式丸投げで依頼している場合が多い。それは手間暇かからず納期も安心な反面、印刷会社が高いマージンを取っていることにほかならない。そこに堀本が突破口を見出したわけだ。

堀本たち印刷用紙部のチームは、チラシやカタログなど紙に印刷されたものを目にすると、どんな小さなものであっても、それを発行している会社の連絡先を調べて片っ端から電話をかけ、「一度、話を聞いていただけませんか」とひたすら提案営業を繰り返した。

「当社から紙を買っていただけたら、ご指定の条件・価格にてチラシを作成いたします。丸投げに比べて予算の流れも透明化できる上、今までよりこれだけコストが抑えられるんですよ」

これまでのルートセールスとは違い、まさに地道な飛び込み営業だが、やればやるほど新たな顧客が広がり、売上も上がっていく。それは堀本にとって非常に楽しいものだった。

ただしこの取り組みは、時に印刷用紙部が継続して取引している印刷会社と競合することもある。実際、中堅の印刷会社とエンドユーザーを巡って取り合うことになり、引き下がらざるを得ない局面もあった。だが紙の需要が下がり続ける中、受け身の営業だけをやっていては、未来はない。むしろ商社としての機能と実力を積極的にアピールすることで、紙商ビジネスの専門商社である日本紙パルプ商事と取引するメリットを、印刷会社にしっかりと理解してもらうことが、業界の発展につながる。

あらゆる「枠」を超えてこそ、未来が描ける―。

堀本はそう考えたのである。

⇒〈その3〉へ続く

 


関連するニュース

商社 2022年度版「好評発売中!」

商社 2021年度版
インタビュー インターン

兼松

トラスコ中山

ユアサ商事

体験