日鉄物産 中嶋梨沙子
社会を支える〝鉄〟を通じて、
商社ビジネスの新しい可能性を
追求する
2年間みっちりと物流を学ぶ
「どうなっているんですか中嶋さん、来週出す鋼材の出荷手配ができていないんじゃありませんか? これじゃ客先に届ける納期に間に合わず、大変なことになりますよ!」
入社2年目、鉄鋼の出荷を手配する業務に就いたばかりの中嶋。案件ごとに膨大な貿易実務の手続きをこなさなくてはいけないが、不慣れな大量の作業からつい連絡漏れが一件発生してしまう。特に納期にシビアな客先だったため、ひときわ緊張が高まった―。
日鉄物産の鉄鋼事業本部の総合職新入社員は、大きく分けて次の二通りに配属される。一つは、最初から国内の営業部署に配属されるパターン。そしてもう一つが、貿易物流部で2年ほど貿易の基礎知識や出荷手配を学んだ後、海外営業の部署に異動するパターンだ。
入社間もない中嶋に下った辞令は、後者。彼女は、鉄鋼事業の物流を担う鉄鋼貿易物流部・物流第二課に配属された。そこでみっちりと実務を学んだ上で、いずれ海外の営業担当として巣立っていく―という流れだ。
配属された物流第二課は、鋼材を海外に売る商談をまとめてきた営業社員をサポートする部署。営業社員の依頼を受けて、鋼材輸出のための出荷手配や書類仕事などを処理する。課内の体制は、総合職が顧客、鉄鋼メーカー、船会社、海運貨物取扱業者といった関係各所との調整を行って出荷手配の手続きを取りまとめ、一般職がそれにともなう書類の作成や送付を行う仕組みだ。
ただし総合職も新人は配属から1年弱ほどの間、指導員の下で一般職とともに書類仕事に取り組む。鋼材の輸出は、品質を保証するミルシートやパッキングリスト(梱包明細書)から通関に必要な各種申告書など、多数の書類が欠かせない。こうして中嶋も、鉄の輸出にともなう膨大な書類仕事との格闘からキャリアをスタートさせることになった。
華やかな商社の営業パーソンのイメージと異なり、日々繰り返される地味な書類仕事と連絡業務。配属前に社内各部署の業務についてレクチャーを受けてはいたが、ひたすら細かい事務作業は社会人として最初の洗礼となった。だがそんな中嶋にとって助けとなったのは、しっかりした教育体制だ。特に指導員に恵まれたという彼女は、貪欲に知識を吸収しながら業務をてきぱきとこなしていった。
こうして8か月にわたる書類仕事をこなした中嶋は、総合職としてタイにある鋼材加工会社向けの出荷手配を任される。1か月あたり数万トン、金額にして数億円規模の鋼材を出荷する大口の顧客だ。さらに彼女が担当した2017年は、出荷量がピークに達していた時期。それだけに毎回の出荷に伴う関係各所への連絡・確認など中嶋がこなす業務は、膨大な量となった。
何月何日の船にどの鋼材をどれだけ載せる―。鉄鋼メーカーに対するこうした連絡が抜け落ちてしまったのは、そんな矢先のことだ。船会社からの連絡でようやく事態に気づいた中嶋は、顔色を失った。出荷規模は数千トン。鋼材加工会社の次のエンドユーザーは自動車メーカーだ。周知の通り、ジャストインタイムを旨とする自動車メーカーはとりわけスケジュールに厳しい。1週間でも納期が遅れたら、賠償問題に発展してしまう。
「申し訳ありません、課長。出荷手配に漏れがあって、配船の手続きができていませんでした!」
普段から課長はミスを課内ですぐ共有し、共同で対処する態勢を整えていた。即座に報告して指示を受けた中嶋は、鉄鋼メーカーへ急行して事情を説明。先方の物流担当者の尽力を仰いだ結果、幸い必要な在庫を確保することができた。
こうして、どうにか予定通りの船で出荷された鋼材を見送った中嶋。彼女は冷や汗を拭いながら、改めて恵まれた職場環境にいっそう感謝の念を抱いた。
率直に〝弱み〟も見せるコミュニケーション
もう一つ物流第二課で痛感したのは、〝コミュニケーション〟の大切さだ。
総合職として出荷手配を手がけるようになった中嶋は、同時にそれまで業務を教えてもらっていた一般職に書類仕事を指示する立場となった。一般職スタッフは全部で5人。それに対して中嶋と同期の総合職が計2人、というチーム編成だ。
いうまでもなく、相手は年上で経験豊富でスキルの高い人材ばかり。さらに派遣スタッフたちの業務時間や仕事の分担に対する割り切りは、中嶋の想像以上だった。
鉄鋼メーカーの出荷連絡から通関に輸出申告をして許可を得るまで、時間があまりない。朝一で連絡を受け、その日の午前中に処理を終えなくてはいけないことも日常茶飯事だ。だが書類仕事が集中してキャパシティの上限に近づくと、中嶋の指示もスムースには受け入れられなかった。
「どうしてもっと早く言ってくれないんですか。いま指示されても間に合いません」
「申し訳ありませんが、午前中に処理するのは無理です。誰か別の人に頼んでください」
「それは総合職がやるべき仕事ですから、私が受けることはできません」
どのスタッフに何を指示するか、割り振りを決めるのは中嶋ら総合職2人。そこでつい頼みやすい人から順番に仕事を押しつけてしまう、あるいはどうせ頼んでも断られるならと、自分たちが残業して作業を抱え込んでしまう―といったこともしばしばだった。
だがチームがそのままでいいわけはない。そこで課長も巻き込んで話し合った結論が、〝コミュニケーションを密にする〟だった。
それまではただ単に「午前中いっぱいでこれお願いします」と言っていたところを、前日に「たぶん明日上がってくると思うので、時間を作っておいてもらっていいですか」と打診する。あるいは「難しそうなら先方に予定変更を相談しますので、あらかじめ仕事のつまり具合を教えていただけますか」と前もって確認する―。事態を解決に導いたのは、そうしたコミュニケーションの積み重ねだった。
中嶋は当時の体験を次のように振り返る。
「そういうコミュニケーションがあってこそ、初めてこっちが困っているというのが相手に伝わるんです。逆にいうと、それまでの私は〝あの人は仕事ができない〟と思われたくないという気持ちが強かったのかも知れません。あるいは〝1年目だからやっぱりその程度か〟というふうに見られたくない、とか。だからできるだけ弱みを見せないようにやっていたのですが、それって逆効果だったんですね。弱みを見せることで、かえって向こうからヘルプの手を差し伸べてくれるようになりました。部署を異動したいまでも、当時のスタッフとは仲良くつき合っています。そうしたコミュニケーションやチームの人間関係作りを学べたことも、いま思えばいい経験になりました」
⇒〈その3〉へ続く