商社の仕事人(76)その3

2021年02月12日

JFE商事 金子 純

 

〝鉄〟の新たなフロンティアを

目指して

 

 

日系加工メーカーの現地工場への出資案件

タイ駐在時代には、もう一つ、現在の金子の仕事につながる出来事が進行していた。日本のC社が、タイでの事業を拡張するにあたり、現地に自社工場を建設することとなった。そこでタイJFE商事会社にも出資して欲しいという依頼があったのである。C社との協業は、当時、既に本部長として本社に帰任していたB氏も後押ししていた事業だ。

「迷わず『出資した方がいいと思います』とB本部長にメール送りました。以前から出資を見込んでいた案件だったので、当然賛成してくれるものと思っていたのです。ところが、B本部長からは『出資する意義は?』という返事が来て、あっけにとられました。正直、なぜそう言われるのか、見当もつきませんでした」

当時のB氏の言わんとすることを投融資経験の無い金子は分かっていなかった。企業が出資するということは簡単なことではない。将来その出資をする会社が実績を出し、資金が回収できるのか。また、事業が成長することによる自社へのメリットはどんなことか。その可能性を、説得力のあるデータも添えて検証した上で、経営判断をあおぐべき事案である。実際、当時の上司からは「簡単に本社役員に出資したいなんてメールを送るもんじゃない」と叱られてしまった。その後も本社とタイJFE商事会社との間で検証を行ったが、なかなか話が進まなかった。

「間に立った私は板挟みのような状態で、どうすることもできなかったんです。それで、『金子は何やっているんだ』ということになってしまった。このときは苦しかったですね」

結論が出ることなく、2017年7月、金子には帰任の命が下る。配属先は厚板条鋼貿易室。ここではミャンマーで縁を結んだ、韓国の鉄鋼メーカーを担当することになった。大手企業の上層部との面談に接する機会も増え、経営層への説明やその資料作成等、様々な重要な経験を積んだ。

一方で、タイ時代に引き続き、C社を担当することになったのは自分ながら意外な成り行きだった。

「C社への出資の話が進まないままになっていたのですが、本社として何らかの回答をしなければなりませんでした」

〝タイでは金子が担当していたんだから、ちょうどいい〟という流れで任されることになった。ただ今度は、タイJFE商事会社でなく、本社の本部との契約という形で調整することになった。金子が今いる、鉄鋼貿易企画室の室長に手伝ってもらいながら、資料作成や経営への説明を行い、無事、出資にこぎつけることができたのだ。

そのわずか2年後、金子は現在の鉄鋼貿易企画室への異動を命じられた。このときの室長は、入社時にOJTを担当してくれた、A氏であった。

「Aさんは営業室長を三室、部長も経験しているスーパー営業マンです。また若手時代に公私ともに私を教育してくれた方でもあります。マンツーマンで教えて頂きながら、当社として近年注力している事業投資案件にも関わることになりました」

異動するごとに、信頼すべき先輩・同僚との出会いがある。必死でそれを吸収しようとする金子。

 

企画室長として鉄鋼貿易本部の戦略に関わる立場に

鉄鋼貿易企画室は金子のタイ赴任時代に設立された新しい部署だ。業務範囲は広く、本部の将来的に目指す姿について議論を重ねたり、そのために必要な組織体制を検討するのが仕事だ。その中には、目標に到達するために有益と考えられる投融資を進めることも含まれる。

そもそも貿易とは、国を越えてモノを輸出入するのがメインの仕事。それなのになぜ、貿易の戦略を考える企画室のメイン業務に、投資や融資を行うことが入っているのだろうか。

金子は次のように考えている。

「世界の鉄の生産量が年々増加しているのに対して、日本の鉄の生産量は減少してます。またそのうち約3〜4割を輸出。鉄は大きく、重量もあるので、輸送にコストがかかります。本来、生産された土地のできるだけ近くで使用する、〝地産地消〟がもっとも効率的なわけです。

ということは、日本からの輸出という事業ビジネスモデルが今後大きな成長をしていくとは考えられない。当社にとっても、ビジネスのあり方が変わっていきます。海外の例えば鉄を加工する事業などに投資をして、鉄に付加価値をつけてビジネスをする。こうしたことも、当社の目指す姿の一つとして考えられるわけです」

よどみなく語る金子。その落ち着いた笑顔を見ている限り、根拠のない自信だけを武器に、何にでも首を突っ込んでいた、あるいは何をしてよいか分からず立ちすくんでいた、若き日の姿は想像もできない。なぜなら、今や金子は、鉄鋼貿易企画室室長として、JFE商事の〝これから〟に関わる一人だからだ。

2020年3月、A室長に食事に誘われた金子。店へ向かうタクシーの中で、その一言は告げられた。

「俺の後任の室長が決まった。金子お前だよ。調子にのらないようにと金子に釘を刺しておいてほしいとBさんも言っていたぞ。しっかりやれよ」

歴代の室長に比較しても異例の若さで、金子に室長就任の内示が下りたのだ。

「まさか、自分が任されるとは夢にも思っていませんでしたので、当初は自分に務まるのだろうか、と不安もありました。でも、今までの経験を生かし、当室や当社の『よりよい姿』を目指して、気持ちだけでも歴代の室長に負けないようにしなければ、と考えています」

金子を現在までに導いてきたのは、前例のない仕事であっても「経験してみなければ分からない」と、自分なりの方法を模索しながら挑戦する、その姿勢だろう。順風満帆とは言えないさまざまな経験を重ねながらも、決して屈することのなかったいわば〝フロンティア魂〟が、周囲に「金子にやらせてみよう」という気持ちを抱かせたのではないだろうか。

現在、部下とともに、「JFE商事の目指す姿」に向け、幅広い業務をこなしている金子。その目には再び、海を越えた地にある、新たなフロンティアが浮かんでいる。

 

金子 純(かねこ・じゅん)

1982年、東京都生まれ。中央大学商学部経営学科卒。1年間ボストンへの留学を経験し、2006年入社。

「若手社員にとって大切なのは、生意気でもいい、仕事ができなくてもいいから、『かわいい奴』と思われること。仕事は覚えられるし、失敗をしても挽回できます。でも、仲間に『一緒に働きたい』と思ってもらえないと厳しい。なぜなら、仕事では辛いこと、大変なことがたくさんあるからです。そんな時、一緒にやっている仲間同士で一枚岩になれれば、乗り越えることができます。就活中の学生が業界や企業研究の一環で本を読んだり、データの数字を見ているだけでは、当然、見える世界というのは限られてきます。ですから、会社説明や面接で対応してくれる人の雰囲気や人柄もよく見て、どんな企業なのかをつかみ取って欲しいですね。そうした中でピンと来た会社があれば、全力を傾けた方がいい。企業というのは大勢の人が働いているところなので、出会った人というのは自分と縁があった人です。だから自分の人生においても必ず重要な役割を果たすと考えられます。就活でも人との出会いを大事にして、相性が合うと感じた人がいれば、企業選択の理由の一つとしてみてもいいと思います」

 

取材:2020年9月

 


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