商社の仕事人(77)その1

2021年02月13日

ユアサ商事 石川 慎

 

顧客から仕入れ先まで

幅広い人脈を築き、

ビジネスのしくみを構築する

【略歴】
石川 慎(いしかわ・しん)
1990年、三重県四日市市生まれ。中京大学経済学部卒業。2013年ユアサ商事に入社し、ユアサテクノに出向。

 

2年間続いた初受注機械の不具合

商社で営業を経験した者にとって、契約書に初めて印鑑をついてもらったときのことは忘れがたい思い出のはずだ。だが誰もがそうというわけではない……。

石川慎は、初受注の喜びよりも、そこから始まった装置の不具合を鮮明に記憶している。

「まただよ、石川君」

「また、搬送装置ですか」

「そう。例によってご機嫌斜めなんだよ、自動搬送装置が。なんとかならないかなあ」

電話の向こうから聞こえてくる工場長の声は、腹を立てる気力もなく諦めの境地に達してしまったように聞こえた。

石川はユアサ商事に入社すると、関係会社のユアサテクノに出向した。その1年目の年末、自動搬送装置と旋盤二台で一式4千万円近くを受注した。相手の自動車部品加工メーカーは、当初ユアサテクノのホームページを見てパンフレットを請求してきた。ユアサテクノには営業部門だけでなく技術部門があり、そこで制作したパンフレットは商社のものとしては珍しく機器やシステムについて詳細にわたり説明している。

石川はこの会社に何度か訪問していた。最初はけんもほろろ。知識もない新人の話など真剣に聞いてくれるはずもない。それでも理由をつけて訪問を繰り返していた。その日も電話でアポイントを取った。しかしいつもと少し電話の様子が違う。石川が訪問すると、製造部長は今取引している商社への不満を自ら語り出した。呼んでも来ないし、見積りを依頼して1か月以上経っても回答がない。そんなことが何度もあったという。ちょうど新しい製品を造るための設備投資を検討しているので見積りを出して欲しいと言われて、石川は上司とともに機械メーカーの担当者と話を詰め、商談はトントン拍子に進んだ。経験が浅い石川にとっては、上司が仕切るのを横で見ていたら契約できたといった初受注だった。〝こんな感じで、数千万円の契約が取れるのだ〟石川は、少し拍子抜けした。

ところが1か月も経たないうちに、自動搬送装置と旋盤がぶつかったと連絡が入った。これが2年間に及ぶトラブルの始まりである。

納めた設備が稼働している工場は、石川が勤める大阪のユアサテクノ西部支店から車で1時間ほど行った山の中にある。機械メーカーの担当者と急いで現場に駆けつけて調整すると、とりあえずその場では動き出した。しかし少し時間が経つとまた止まる。メーカーでは担当者も技術者も、この装置でこんなことが起きたのは初めてだと首をかしげるような〝怪現象〟だ。機械が止まってしまえば調整に時間を費やし、生産計画に支障が出る。考えられる部品を交換するなど、ああでもない、こうでもないと手を尽くしてはみたものの、原因がわからないまま月日が過ぎていった。

「自動搬送装置を入れたお客さん、しょっちゅう行っているが、どうなってるんだ?」

見かねた上司が声をかけた。石川から事情を聞くと、上司は社内の技術部門から人を呼び、クライアントやメーカーの責任者にも声をかけて対策会議を開いた。

原因究明のきっかけになったのは「気温が上下したときが危ないんだよね」という現場の一言だった。特に季節の変わり目が要注意だという。

「もしかすると、部品の金属の熱膨張係数の違いのせいじゃないか?」

「確かに。これだけ気温が変動する環境は初めてだから、もしかするとそうかもしれない」

ユアサテクノと機械メーカーのエンジニアの間で会話が熱を帯びた。詳細はわからないので議論には参加できないが、一言も聞き洩らさないとする石川の姿が、そこにはあった。

その自動搬送装置には鉄とアルミの部材が使われている。それぞれの熱膨張係数が異なり、温度の変化に従って膨張したり収縮する度合いが違う。空調が入っていない工場の閉ざされた空間は、夏場に気温が40度に達し、真冬の冷え込んだ日には氷点下になる。こんな条件のもとで稼働させたことがそれまでなかったのだ。

「もしかすると?」という予測は的中した。丸一日張り付いて部材の変化のデータを取り、シミュレーションソフトで解析した結果、材質の違う部材同士の隙間が大きく広がったり、逆にぶつかり合ったりして、自動搬送装置の動きを妨げていたことが判明した。アルミ製の部材を鉄で作り直して交換すると〝怪現象〟はぴたりと止んだ。

装置に原因があったとはいえ、それを納めたユアサテクノの担当者である石川にも責任がある。連絡があればメーカーの担当者と共にすぐ駆け付けていたが、結局はそれだけしかできなかったともいえる。

「せっかく当社を信頼して発注していただいたのに、長い間ご迷惑をおかけしてしまいました」

改めて頭を下げた石川に、専務は「石川君、最後まで逃げなかったね」と声をかけた。

「不具合があってもきちんと話を聞いてくれるから、ユアサテクノに任せておけばなんとかしてくれるとも思っていたんだ。こちらも言いたいことが言えるので気楽に話せるよ」

このことがあってから、新しい案件があるときは他の商社を差し置いて石川に声がかかるようになった。機械が止まるたびに苦労を共にした5、6歳年上のメーカーの担当者とも気心の知れた間柄になった。

「専務のお言葉はうれしかったですが、何よりも、上司が社内外の人を動かしてから潮目が変わるのに目を見張りました。商社の営業はこうやって仕事をするものだと見せつけられた思いでした」

⇒〈その2〉へ続く

 


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