商社の仕事人(77)その3

2021年02月15日

ユアサ商事 石川 慎

 

顧客から仕入れ先まで

幅広い人脈を築き、

ビジネスのしくみを構築する

紹介が紹介を呼び3億5千万円の案件を受注

洗浄機器の受注をきっかけにこの自動車部品メーカーがユアサテクノとの取引口座を開設すると、次々と声がかかるようになった。加工ラインへの投資が年2回のペースで発生し、どれも億単位の規模だ。石川は毎日のように通って受注実績を重ねた。

翌年には組立部門の生産技術担当者を紹介された。油圧式の自動車部品が電動式に切り替わる端境期で、さらに大規模な投資が続いていた。加工部門に比べて組立部門は生産ラインが多く、一回の商談の金額もより大きくなる。なかでも装置が15台から20台並ぶラインを一度に3ライン発注するという案件は、総額3億5千万円の商談になった。すでに更新した生産ラインを踏襲しながらも改善策を提案してほしいという要望があった。石川一人では手が回らないので、上司だけでなく販売部長にもフォローに入ってもらった。

クライアントも生産技術担当者が協力してくれて、すでに稼働中の新しいラインを見学でき、昼休みには操業が止まっているラインの機械の構造まで見せてもらった。昼飯抜きにはなったが、一緒に行った石川の上司は相手の熱の入れ方を見て、ユアサテクノに好意的だと判断した。

「これは必ずものにしないといけないな。石川、お前はどう攻めるつもりだ?」

上司の真剣な言葉に、緊張感が走った。

「機械メーカーの工場に案内して、十分能力があることを納得してもらいましょう。ラインの改善については、装置の配置や組み立てる部品の流れを工夫して省スペース化し、コストを数千万円削減できる提案をするつもりです。コストパフォーマンスでは間違いなく負けません」

「よし。お前に任せるからやってみろ!」

石川は今までに経験したことがないような身震いを感じた。

最終的にはこのコスト削減案が勝因となって受注することができた。ユアサテクノの中でもビッグユーザーの一つとなった。だが好事魔多しと言う通り、ここでも入社1年目と同じように受注後に問題が起きた。メインとなる装置が出荷前の確認で動かなかったのだ。納期が短く整備が間に合わなかったためだった。

「急いでもらっているのはわかる。でも思った以上にひどいよ」

機械メーカーの工場に見に来たクライアントの担当者は、ムッとした表情のまま帰ってしまった。ホテルで一晩待機してもらうような立会い確認となり、不具合が残ったまままずは納入することになった。納入後、現地で立上工事の最中に設備の構成部品の設計の変更をかけたり、不具合を改善するために構成部品を大至急製作するため、この案件に関わっていなかった知り合いのメーカーに超特急で作ってもらったこともあり、約2か月間でお客様が納得するレベルに仕上げることができた。

「営業の仕事は受注した後も続くとは、これまでの経験で身に沁みて理解していたつもりです。ただこのときはなにしろ総額3億5千万円だし、万一稼働できなかったらクライアントの生産計画自体が破綻しかねない規模ですから、プレッシャーもこれまで以上で最後まで気の休まるときはありませんでした」

 

3Dビジョンカメラの市場開拓に取り組む

2020年に入り、新型コロナウイルス感染症の影響で多くのメーカーが生産活動の大幅な縮小を余儀なくされている。当然ながら設備投資には消極的だ。その中で石川は、新たなビジネスのスキーム(しくみ)づくりに取り組む。それは3Dビジョンカメラの新たな販売方式の開拓だ。

3Dビジョンカメラは、部品の選別やラインへの送り出しの自動化を可能にするシステムに不可欠だ。整列していない状態でもその画像をもとにコンピュータが分析し、作業ロボットが姿勢や進入方向を変えてピックアップして目的の工程に投入する。工場などものづくりの現場ではこうした自動化システムによる省力化と効率化が進み、それに伴って3Dビジョンカメラはこれから大きく伸びる市場となる。

3Dビジョンカメラの中でも最も性能がいいメーカーの製品は何百万円もする。値段が高い理由のひとつは、導入時の支援やアフターサービス等に時間を取られることへのリスクヘッジを掛けていることだ。何かあればすぐに現場に呼ばれるので、その人件費を上乗せして価格を設定しているのだ。石川の構想が実現すれば、ユアサテクノが技術力を活かしてメーカーとコラボレーションし導入時の付帯サービス全般を請負うことで、ユーザーに対して他社よりも競争力のある価格で提案できるようになる。

これまでもユアサテクノでは複数のメーカーの装置を組み合わせて、SIer(ロボットシステム構築会社)とロボットを使った生産設備を販売している。社内の技術部門には、そのSIer出身の社員が何人もいる。これからは自社内で3Dビジョンシステムの設定等の調整を行うエンジニアを育てながら、協業できるSIerの数も増やすことにしている。このプロジェクトは、ユアサテクノ西部支店の最優先事項となっている。

「ユアサテクノには技術部門がある。そのアドバンテージを生かしてSIerを育ててプロジェクトを構築していきます」

と石川は語る。

「当社は製品の開発まではしませんが、技術面の強みを生かしてアプローチができるのでほかの商社ができない提案が可能です。AI(人工知能)の導入も視野に入れていますが、まだコストが高いので市場性を考えて、例えばディープラーニングを入れ込んだシステムを提案できる体制をめざしています」

これはユアサテクノが技術商社として発展することを意味する。あの苦労した初受注から8年が過ぎ、石川は会社の調達力を活かした販売に加えてユーザーニーズをくみ取り、そのニーズを満たせる商材をユアサ商事のネットワーク、ユアサテクノの技術力を活かして作り出しそれをお客様に提供する、そんなビジネスのしくみを作る領域まで視野を広げている。

 

石川は入社したときから海外勤務を希望している。年に何回か海外出張する機会はある。台湾やスイスでは、仕入れ先のメーカーで生産設備の工場出荷前に立ち会った。タイではクライアントの拠点を現地法人のメンバーとともに回った。ドイツの大規模な国際機械展示会にも訪問した。ユアサ商事の海外現地法人にはユアサテクノの出身者も多い。商談だけでなく技術面まで営業担当が自力で面倒を見なければならない海外では、これまで培った社内外のパイプがより生きてくるはずだ。

「ユアサは個人の裁量が大きく、新入社員のときから自分で考えて動けという会社です。それだけに失敗もたくさんしました。ただ当たり前のことですが、トラブルがあっても最後まで逃げずに対応し、ほかの面でフォローするよう心がけてきました。社外のメーカーとも協力しながら顧客を開拓し、そこから人を紹介してもらうことを続けています。これからもそんないい関係でいたいですねと、お客さんと食事をしながら話をしているときが今は一番楽しいかもしれません」

笑顔でこう話す石川は、何年後かに海外にも展開する新しいビジネススキームを生み出しているのかもしれない。

 

石川 慎(いしかわ・しん)

1990年、三重県四日市市生まれ。中京大学経済学部卒業。2013年ユアサ商事に入社し、ユアサテクノに出向。高校時代は硬式野球の強豪校でピッチャーを務め、三重県大会でベスト8に進んだ。

「野球部の監督は厳しい人で、何のためにこの練習をするのか自分で考えろとよく言われました。ランニング練習一つにしても、試合に負けた後に惰性でただ走っていたらすごく怒られました。3年生のときはチームが分裂状態になった時期もあります。そんな中で、問題にきちんと向き合わなければ解決できないという経験をしました。それも野球が好きでやっていたからできたことだと思います。大学時代はアルバイトをしてはお金を貯めてバックパッカーで海外旅行をよくしました。今の大学生のみなさんには、時間があるうちにやりたいことがあれば全部やるようにと勧めたいですね。やりたいことだからこそ、困難に直面しても前向きに解決策を考えられます。そんな経験が就職活動にも生きてくるはずです」

 

取材:2020年9月

 


関連するニュース

商社 2024年度版「好評発売中!!」

商社 2024年度版
インタビュー インターン

兼松

トラスコ中山

ユアサ商事

体験