住友商事グローバルメタルズ
ジェイソン・リン(林盈志)
この星の何処からでも、
新たなビジネスを
創り出すために!
その輝きに魅せられて
リンはSCGMに35歳で入社したキャリア組である。
社会人としてのスタートは、マンツーマン指導で知られる英会話教育企業だった。そもそも学生時代のバイト先だったのだが、自分が得意な語学を生かせる環境だと考え、そのまま正社員となったのだ。入社したリンは弱冠23歳にして、いきなり横浜にある英会話教室のマネジャーを任される。教師やスタッフは全員が年上で、さまざまな国の人がいたが、「それがまた新鮮でした」とリンは言う。どんな環境にも順応し、その環境そのものを味方につけてしまうリンの面目躍如だ。自ら教壇に立つこともあったし、生徒の新規獲得数で1位になったこともある。その後、教材制作を手がけ、現在もその企業で使われている、生徒自身が自分の実力に見合った教材をピックアップして学習する組み合わせ型教材を開発した。賃金は悪くなかったし、それなりに楽しい職場だった。だが、30歳にしてリンは転職を決意する。
「理由は二つありました。一つは、人との会話がほとんどないこと。みんなヘッドフォンをつけて黙々と教材を作っている(笑)。人とコミュニケーションするのが好きなぼくは、これ以上、長くは続けられないと思いました。そしてもう一つは、教材開発をしながら時々ヘルプにいったスクールで商社パーソンに会う機会があったことです。最初はごく簡単な会話ですら覚束ない彼ら商社パーソンたちが、勉強して力をつけて海外に行く。語学力はそこそこでも、みんな明るく楽しく、意欲と希望に満ちている。まさに輝いているわけです。そんな商社パーソンを何人も教え、グローバルビジネスの世界へと送り出すうちに、自分も語学力を活かして世界を相手にしたビジネスをやってみたいと強く思いました。まあ、自分のほうが語学はできるなとも感じることも多々ありましたし(笑)」
次の就職活動は台湾で行った。リンの一家はすでにニュージーランドから台湾に戻っていたが、父が急死し、気落ちしている母が心配だったからだ。兄はアメリカで仕事についていたため、リンが戻るしかない。そこで出会ったのがキャリア採用を行っていた台湾住友商事だった。筆記試験1回に面接が3回。2回目の面接では商材へのこだわりを聞かれた。
「機電と鉄どちらがよいかということでしたが、商材のことはよくわからないと正直に答えました。商材に関しては経験も知識もないのが自分の弱みというのも重々承知していましたが、それでも、『人と接するのが好きで、語学もできるので、ぜひチャンスをください。商材は何でもかまいません。一から一生懸命勉強します』と必死に訴えました」
結果、リンは「鉄」での採用となった。
「信用」と「確実」がビジネスを磐石にする!
台湾住友商事に入ってまず担当したのは、鋼管を中国から仕入れて北米・中南米に輸出するという三国間トレードである。
入社してわずか1か月後。8月の真夏の空の下、リンの姿は中国常熟にあった。上海空港から車で約2時間、上海の北西約150キロに位置する常熟は、近年先進企業の進出が続いており、中国の中でも経済成長著しい注目地域だ。リンは、チリ鉱山からの顧客を常熟の鉄鋼メーカーへ案内すべく台湾人の先輩社員とともにこの地に赴いたのだ。チリの顧客は鉱石を細かく砕く鉄球を中国から輸入している。大きな契約を結ぶにあたり、工場の環境や鉄球の品質、また、メーカーの社長が信用に値する人物かどうかなどを見極めに来ていた。リンたちの仕事は、その商談が無事締結されるようにアシストすること。昼は工場見学、夜は接待。緊張しながらも初日が終わり、ホテルに戻ってほっとしていたリンは、同行していた先輩社員から部屋に呼び出された。
「事前準備が足りないし、マナーもできていない。語学ができるというだけではダメなんだ。移動時間が長いのがわかっていたのになぜ水を用意していなかったんだ? それに工場が作成したプレゼン資料にちゃんと事前に目を通し、アピールポイントがしっかり網羅されるか確認するように。自分たちは商談がうまくいくよう細心の注意を払わなくてはいけない。自分たちのふるまい一つで破談になることだってありえるんだぞ!」
先輩社員との反省会は4日間の出張中毎晩続いた。
「自分では、まずまずうまくやれているなと思っていたので、目を見開かされた思いでした。その先輩はぼくから見ると『ザ・住友商事パーソン』とでも言うべき、信用を重んじ確実を根本理念とする住友の事業精神を体現したような気配りの人。このときも見学をアテンドする前に工場を訪れて、安全服やヘルメットをきれいにそろえるように、事前に工場に指導してきました。商品がいくらよくても、安全管理に不備があると感じればお客さんは不安になる。『こういう工場なら安心して発注できる』と思ってもらえるよう、我々が最大限の努力を払わなければいけないと言うのです。住友400年の歴史に脈々と流れる、この信用を重視する意識を先輩の姿勢から学びました。駆け出しの自分の至らない点を一つひとつ細かく指導してもらい、本当に感謝しています」
工場見学を終えた顧客は満足してチリへ帰国し、この案件は無事成約となった。鉄球は消耗品なので継続していけばそれなりに大きな取引となる。先輩社員に助けられながら、この仕事が商社パーソンとしてリンの初の成約案件となった。
その後、こうした三国間トレードでリンが度々直面したのが、チャイナリスクだ。粗鉄生産量で世界の五割以上のシェアを誇る中国だが、日本のメーカーと違って、細かくフォローしなければクオリティや納期が担保できない恐れがある。
こんなことがあった。北米のあるメーカーから細かいスペックのオーダーが届いた。消費の多様化により顧客の要望は、小口化、多品種化へと向かっている。中国のメーカーに諮ると「もちろんできる。問題ない」と言う。安心していたところ、次に確認すると「そんなことは言っていない」と言葉を変える。また、仮にオーダーと異なるスペックで納品されてしまった場合、顧客の生産ラインに不具合が生じる可能性がある。品質不良や納期遅延は間に入った商社の責任だ。
「それからは、ミーティングの後、取引相手にも議事録に目を通してもらい、必ずサインをもらうことにしました。日本では節目節目で、契約の内容を確認しますが、中国相手に日本式でやると、『そんなことわかってる』とばかりに先方はイライラします。その結果、関係がぎくしゃくして、仕上がりや納期に影響が出る可能性もある。取引する相手の反応をみながら柔軟な対応が必要だということを台湾時代に学びました」
台湾住友商事に3年勤務した後、リンは2014年に住商スチール(現SCGM)への出向という形で3度目の来日を果たす。リンが日本勤務の希望を出していたところ、同社の薄板事業で中国語の堪能な人材を探しており、互いのニーズが合致したのだ。駐在員やトレーニー制度を通じて、グループ内での人材交流が活発な住友商事グループならではの人事転換である。こうして3年の出向期間を経たリンは、2017年7月1日に、SCGMへ入社することになる。
言語力を超えた関係を構築するために
SCGMに出向して以来、リンは中国や台湾など、いわゆる「近海向け」のトレードビジネスの担当として、初めての薄板事業に携わっていた。台湾時代とは異なり、仕入れるのは日本のメーカー。これまでの中国企業相手とはまるで勝手が違った。
「中国のメーカーは細かい仕様や品質など、こちらがしっかり管理することが多々ありますが、日本のメーカーはその点は心配ありません。むしろ何かあると『もっとしっかりしろ』と檄を飛ばされるぐらいです。その感覚は全く違いましたね」
さらに日本の鉄鋼メーカーは数社しかない。その一方、鉄鋼を扱う日本の商社は多数ある。その中でいかにSCGMの強みを製鉄メーカーにアピールして取引してもらうかが勝負となる。
顧客に関しては、まずは既存のビジネスの継続がリンのミッションとなった。最大の顧客は、日本から仕入れた鉄をコイルセンターに通さず直接加工する中国の単圧メーカー、リローラーだ。中国は世界最大の鉄鋼輸出国だが、日本の鉄のクオリティを評価して日本製を買い付ける顧客も少なくない。
この中国リローラーとの商談は当初苦労の連続だった。新任の担当、しかも薄板を扱うのは初めて。やすやすとは信用できないと先方は思ったかもしれない。価格交渉は毎回難航した。
そんなとき、上司に言われたのは、電話やメールではなく、「とにかく現地に足を運べ!」ということだった。まずは信頼関係を築かなければ、いくら良質な鉄の適正価格を力説しても納得してもらえない。言葉が通じることもあって、リンは月に最低1〜2度は中国に赴き、直接会話することをひたすら続けた。
最初は「新任の若造」という態度で軽くあしらわれていたが、足しげく通い、話をする機会が増えるにつれ、取引先も少しずつリンに心を開いてくれるようになった。
酒席も数えきれないほど共にした。中国発祥の蒸留酒、白酒で、「干杯!」と杯を重ねる日々。中国では目上の人の前では目下の人間から先に杯を空けなければいけないという酒席での作法があり、ゆっくりと自分のペースで飲むことは許されない。さほど酒の強くないリンは酔いつぶれたことも1回や2回ではない。
「そのときは『しまった!』と思いましたが、上司や先輩に言われていた『飲んだ翌日は絶対に遅刻するな』という教えを守り、なんとか出社したら、『よくやった』と。中国では、相手が酔えば酔うほど良いおもてなしをしたことになるので、その酒席は先方にとって大成功だったというわけです」
こうして少しずつ信頼を得ていったリンは、そのうち取引先の社長とも腹を割って話せる関係になっていく。その結果、取引先のニーズも聞き出せるようになり、価格交渉もスムースに回り始めた。
とはいえ、もちろん酒席を共にしただけでリンが信用されたわけではない。また、リンには語学力という強力な武器があるが、それだけならSCGM社内にも、また、他の商社にも中国語が堪能な社員はいくらでもいる。
では、リンが高い信頼を勝ち取ったのはなぜか?
信頼関係を築くためにリンが心がけていたのは情報の提供だ。日本や中国、アセアンなどの鉄の市況について常にアンテナを張り、タイムリーかつ正確な情報を得て、顧客に提供する。
「昨日は市況が下がったけど、どうして?」
「日本は今どういう状況なの?」
中国の取引先からリンを頼りに連絡が入る。
「すぐに確認して5分後にかけ直します」
すぐに詳しい状況がわからなければ、国内外の情報通に連絡をとる。どんなに忙しいときでも丁寧な対応で、相手のことを考え、相手の利益のために心を砕く。それゆえ、時には勇気をもって「いまは買い時ではありません」とも言う。リンに情報を求めてきた顧客には、絶対にいい買い物をしてほしいという思いが、リンの中には常にある。
こうして精度の高い情報の素早いリターンを積み重ねていくうちに、いつしか「リンの情報は信用できる」「リンについていけば心配ない」との噂が広まり、中国の客先で評判になっていった。
「厲害!」
情報を素早く集めて回答すると、中国語でこう言われる。
「厲害は中国語で『すごい』『さすが』といった意味です。この言葉を聞くと、『よし。次も頑張ろう!』という気になります。評価の高いフィードバックは素直に嬉しいものですね」
⇒〈その3〉へ続く