商社の仕事人(80)その3

2021年02月24日

住友商事グローバルメタルズ
ジェイソン・リン(林盈志)

 

この星の何処からでも、

新たなビジネスを

創り出すために!

 

「近海エリア」を制覇せよ!

既存の顧客だけを相手にしていたのでは商売は広がらない。新規開拓も重要なミッションだ。

出向当時からリンが力を入れたのが、台湾での新規顧客の開拓である。着任当時、台湾との取引はほとんどなかった。思い入れのある母国での商売を作りたいと、リンは台湾メーカーを徹底的にリサーチし、一年ほどかけて営業を行った。

「台湾はさほど大きなマーケットではありませんが、日本材の品質を評価したり、海外からの安定供給を望んだりする客先は少なからずいます。そうした要望を持つメーカーに対して、日本の鉄鋼の良さや安定供給のメリットについて粘り強くプレゼンしました」

日頃、台湾出身ということをあまり意識することのないリンだが、このときは「台湾人同士」で一脈通ずる感覚があったという。こうして1年の間に薄板の加工を行うコイルセンターやパイプメーカーなど数件の新規取引先の開拓に成功。中国同様、正確な情報を他社よりも早く伝えることで信頼関係をより強固にしていった結果だった。

また、他社が担当していた商売を獲得したこともある。日本のある商社から日本産の鉄を仕入れ、加工してアメリカへ輸出していた台湾のパイプメーカーがあったのだが、鉄鋼供給や販売先手配などの問題があったのか、商売が滞っているとのうわさがリンの耳に届いた。

「チャンスだ!」

そう感じたリンは、その台湾パイプメーカーに赴き、輸出先として住友商事グループのアメリカの顧客を紹介した。その顧客と取引すれば、そのパイプメーカーにとって販路を継続的に確保できるというメリットがある。

「さらにこのとき、私たちが販売した鉄鋼を、加工した後に買い戻してアメリカに売るというビジネスモデルを台湾・アメリカ双方のメーカーにアピールできたことによって、他社の商権を獲得することができました。仕入の安定供給や販売先の安定手配を評価していただけた結果だと感じています。オール住商の力が発揮できましたね」

新規開拓は簡単なことではないが、環境の変化に細かく目配りすることで、商機が生まれることもある。

中国では近年、環境規制が急激に強化されており、「油性塗料からの脱却」が進んでいる。「油性塗料から水性塗料へ」が目下の流れだが、水性塗料は油性塗料に比べてかなり割高になるため、その分、鉄の原板に対する価格競争がさらに激化し、割安の中国国内仕入にシェアが奪われる傾向になった。

とある中国需要家が商材の仕様変更に伴うコストアップに悩んでいるらしい……。その情報を掴んだリンは、同社の購買担当者に連絡をとる一方、日本の鉄鋼メーカーに相談。客先にとってのコストダウンを実現させるには、鉄の原板はどのような仕様を提案すべきだろう、どのような改善が期待できるだろう。早速客先にアイディアを提案し、そして客先から抽出したニーズをもとに、メーカーと仕様の議論や試験を開始。常にアンテナを張っていたからこそ獲得できた情報。それをもとにリンは新たな商材の開発まで手掛ける。リンはこう語る。

「従来のような商材の売買だけでは利益を上げるのがなかなか難しくなっています。時には自ら需要を生み出すことも必要なんです」

2018年から、リンの担当地域には韓国も加わることになった。韓国とのビジネスでは英語も中国語も通じない場合が多いが、韓国はSCGMの鋼板本部で大きなシェアを占める重要な取引国の一つである。スムースに商談を進めるために韓国現地スタッフと密なコミュニケーションが欠かせない。取引先の悩みやニーズを共有できるよう日頃から常に連携を取り合い、商談の際には通訳しやすいよう、いつも以上に「短く簡潔に」話すよう心がけている。

韓国では商習慣も日本や中国とは異なり、価格交渉は日本側のメーカーと韓国の顧客が一緒に参加する。その商談がうまくまとまるよう、情報を集めて準備するのがリンの仕事なのだが、メーカー、顧客ともなかなか本音を明かさない。メーカーが提示した額に不服であっても、顧客は自ら金額提示することはなく、そこからは腹の探り合いとなる。完全に交渉がスタックし、お互い一言も話さなくなってしまうこともしばしば。そんなときに手を挙げるのはリンだ。

価格で折り合いがつかない場合には、

「まずは前半の価格を決め、後半は今後の価格変動を見て追って調整してはいかがでしょうか」

納期の調整がつかない場合には、

「一括納品ではなく、まず半量の納品でいきませんか」

などと提案し、着地点を探る。

「意見が通るとは限りませんが、何の提案もないと、『何も言わないなら商社などいらない』と言われてしまいます。商談の雲行きを見定めて、現実的な提案をすることが必要です」

直接会話できないはじめての大口の商談相手。リンは、できるだけ会う回数を増やし、言葉のバリアを少しずつ取り払う努力を続けている。

 

この世界の片隅から、新たなビジネスを!

キャリア入社であるリンには同期がいない。その分、社内イベントなど、人が集まるところには積極的に参加し、社内ネットワークを築くことを心がけてきた。台湾住友商事からSCGMパーソンとして来日して5年。今では、社内の人脈も広がり、他部署との連携もとりやすくなってきた。「仕事を自ら抱え込んでしまうタイプ」と自己分析するリンだが、自分や所属部署だけで解決できない案件は多々ある。そうした問題に直面したときに社内ネットワークの存在は非常に重要となる。

「たとえば売掛金の回収不能というトラブルに直面したとします。先方に資金がない場合、他社への転売も視野に入れなければなりません。そんなとき、自分や所属部署だけでは到底解決できません。リスクマネジメント、法務、経理、物流など、社内で横断的な連携体制をとってはじめて対応できるものです。ネットワークの大切さをまさに痛感しているところです」

また、韓国の担当となってから、リンは社内ネットワークだけでなく、住友商事の資産である「アセット」「リソース」「ネットワーク」の活用に、以前にも増して積極的だ。

「韓国企業との取引を通じて、商社はなぜ必要とされるのかを真剣に考えたのです。韓国に限らず、これからは商社と取引するメリットをよりきちんと理解してもらうよう情報発信していかなければなりません。商社の存在価値を示すには『情報提供力』と『提案力』が必要だと考えています。いまは買いどきか売りどきか、同じ仕様でコストダウンするにはどうしたらよいか、メーカー顧客双方にとってメリットのある着地点は何処か……。常に情報を収集して提供し、新たな提案をしていくことで、双方にとってよい取引となり、仕事の継続や新規案件につながっていきます。そうしたビジネスを支えてくれるのが、社内ネットワークや住友商事の3つの資産なのです」

2020年に商社パーソンとなって8年目を迎えるリンは、あと1〜2か国語は習得したいと考えている。英語はもちろんのこと、中国語を流暢に話せる人材も増えてきた。語学ではだれにも負けたくない。そしていずれは海外での駐在が希望だ。できれば言葉が通じない地域のほうが刺激的だというのが、いかにもリンらしい。

「2014年から2年間、アセアン諸国を担当しました。タイやカンボジア、ベトナムなども回りました。また、ミャンマーにもマーケットリサーチに行きました。英語は通じませんでしたが、現地で鉄を売っている人の中には華僑が多く、台湾出身の自分としてはとても親しみやすかったです。でも、将来を考えると、世界の何処でもかまいません。この星の何処か、ぼくがまだ知らない土地で、まったくのゼロからビジネスを築きあげたいですね」

こう語るリン。彼はまさにSCGMの求める「経営人材」だ。幾度となくあった新たな局面を常にポジティブに捉え、自らの力にしていったリンのこと、世界の何処へ行っても、この星の何処からでも、その情報収集力とコミュニケーションスキルで、瞬く間に相手の信用を獲得し、ビッグビジネスへと昇華させるに違いない。

 

ジェイソン・リン(林盈志)

1981年、台湾台北市生まれ。オークランド大学人文学部卒。2011年、台湾住友商事入社。2014年から3年間の出向期間を経て、2017年、住友商事グローバルメタルズ入社。

「入社数年で一人前として扱われる分、責任は重いですがやりがいもあります。私もいま、台湾の取引は入社4年目の若手にすべて任せていて、ほとんどタッチしていません。会社のルール内であれば、〝なんでもやってみろ〟という自由さがうちの社風。鉄鋼商社でありながら、部長ですら〝商材は鉄じゃなくてもいい〟と言っているくらいです(笑)。新人時代から自分でビジネスを開拓していける環境にあるので、フロンティアスピリットのある人にぜひ来てほしいですね。ほとんどの人が20代で海外経験を積めますし、経営人材の育成にも力を入れています。商社は昔のように『商材を売る』だけではなかなか利益を上げられなくなっています。これからは、いままで売っていたものをそのまま漫然と売るのではなく、顧客からニーズを聞き出して提案していく『提案力』が重要です。『提案力』に自信のある新人は大歓迎です」

 

取材:2020年9月

 


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