商社の仕事人(82)その1

2021年02月28日

トラスコ中山 上園宏一

 

納期ゼロでユーザーに届ける

「MROストッカー」を

軌道に乗せる

 

【略歴】
上園宏一(うえぞの・こういち)
1986年、埼玉県さいたま市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。2008年トラスコ中山に入社。

 

新しいサービスを立ち上げる

商社パーソンの仕事とは何か? その名の通り商売、すなわちモノの売り買いが基本であることは容易に想像がつく。ただその商売を広げるには、商品の売り買いだけでなく、かつてなかったようなしくみを作り出すことも不可欠だ。

2020年1月、トラスコ中山はMROストッカーという新たなサービスをスタートさせた。eビジネス営業部の上園宏一は、その立ち上げから展開までを任されている。

MRO(メンテナンス・リペア・アンド・オペレーションズ)は、企業が日常的に使う消耗品や備品などを効率的に受発注し納入するしくみのことで、扱う商品自体のことも指す。トラスコ中山は製造業や建設業などの現場に必要な工具類や設備、関連用品を供給していて、取り扱い品目は膨大な数にのぼる。それらをいつでも調達できるようにエンドユーザーの工場内にトラスコ中山の在庫品として置くサービスがMROストッカーだ。

トラスコ中山は、在庫と連動したカタログやECサイト、物流網を充実させることで発注からものづくりの現場に届くまでのリードタイムを極力短くしてきた。MROストッカーはそれをさらに一歩進めて、製造現場に必要となる商品を置く。ユーザーは使いたいときにすぐ取りに行けるので、リードタイムはほぼゼロになる。発案者であるトラスコ中山の中山哲也社長の言葉を借りれば「お客様のもとに一番早く商品を届ける究極のサービス」である。

2018年の年の瀬も迫ったある日、上園は上司から「MROストッカーって、知っているか?」と聞かれた。中山社長がその年三月の株主総会で話題にしていたので、名前は聞いたことはある。

「ええ。でも中身はよく知りませんけれど」

「そうだよな……、今は構想段階で、それを実現するにあたってお前に任せることになった」

「えっ?」

まったく予想していなかった指名だった。ただこれまでにも予想外の役目を振られた覚えはある。どうなるかわからないが、やるしかないと気持ちを切り換えた。

eビジネス営業部はトラスコ中山の電子購買システムや膨大な商品データを活用して、お客様のお困り事を解決している部署だ。通販支店とMROサプライ支店という二つの組織がある。通販支店は、大手通販会社や家電量販店などが主な営業先となる。一方上園が所属するMROサプライ東京支店は、工場などの製造現場に対し、資材の調達コスト削減や購買の効率化を提案する。

「MROサプライ東京支店は社内で最も製造業のエンドユーザーとの関係が深い部署で、その中でも私が新規開拓を担当していたので、声がかかったのだと思います」

なぜ社長発案のプロジェクト担当に選ばれたのかを、上園はこう説明する。

MROストッカーは『富山の置き薬方式』で、工場内に設置した専用商品棚(ストッカー)にあるうちはトラスコ中山の在庫品として扱うので、ユーザーは在庫を抱える必要がない。ストッカーにある商品を取り出す際にスマートフォンを利用し、専用アプリからバーコードを読み込み、そのデータがリアルタイムでトラスコ中山のシステムに送られる。代金は、取り引きをしている販売店に請求する流れとなる。

調べてみると、アメリカではすでに一般的なビジネスとして行われていることがわかった。国土が広いので度々納品しに行けないため以前から『置き薬方式』をとっていて、中国でも最近増えているという。しかし日本ではまだ先行事例はない。狭い国土でも有効なのかを検証した上で、サービスを実際にスタートする前に実証実験をする必要もある。

同じ部署の人たちは、上園が新しい試みを手がけていて、それが会社の未来を左右するかもしれないことは何となくわかっていた。だが具体的なプロジェクトの中身までは知らない。

「上園は、一体何をしているんだ?」「ちゃんと給料分仕事をしているのか」という訝しげな目で見られることもあった。

「一人だけの担当で、事前調査も全部自分でやらなければいけないし、多額の費用をかけているので中途半端なシステムを作るわけにはいきません。開発中は特に苦しかったですね」

開発が終了すると、今度は全国の営業担当者に協力を依頼してMROストッカーを展開していく。こうして一人何役もの仕事をこなしてプロジェクトを遂行していくことは、商社パーソンとして10年以上積み上げてきた経験がなければできなかったはずだ。

 

入社3年目で営業リーダーに

上園は2008年にトラスコ中山に入社し、大阪の物流センターで半年間の配属後、北大阪支店に配属された。製造業の現場には機械工具商や溶接材料商などの販売店が商品を届ける。トラスコ中山はメーカーから仕入れた商品を販売店に販売する。従ってエンドユーザーとの直接の関わりは薄い。

最初の1年間、上園は内勤業務を経験した。販売店からの注文を電話やファックス、メールで受けて見積もりや発注をするのが主な業務だ。常に電話が鳴っていて、それを急いで取りまくるという職場だった。慣れないうちは電話に出ても内容が理解できない上、初めて関西に来た上園には早口の大阪弁がそもそも聞き取りづらい。

「すみません、今なんとおっしゃったんでしょうか?」

「なんで二度言わせるんや。ええから、いっぺんでわかる人と替わってくれ」

「はい、あの、ではお名前をもう一度―」

「あのな、さっさと別の人を出してくれんかな。あんたはもうええからな」

さすがに、『こら、ボケ』とまでは言われなかったが、口調が強く、せっかちな人もいた。そんな毎日が続いたが、ついに外周りの営業に出る日が来た。

ところがやっと営業に出ても、時期がよくなかった。リーマンショックの後遺症で製造業の景気は冷え切っていた。すでに取引がある取引先へのルートセールスが中心なので、これまでの取引きでなんとか売上がついてきたが、自分が売ったという気がしない。先輩から引き継いだ売上を落とさないようにするのに汲々として、営業目標は未達で支店の足を引っ張った。

「向こうが何を求めているかわからずに、とにかくこっちの目線だけで仕事をしていました。お客さんも会うたびに売り込みを一方的にされて嫌だったと思います。信頼関係が作れたと言えるまでには一年かかりました。ただいったんそうなると大阪の人は温かくて人情味がある。値段交渉一つするにしても、会話を楽しんでいました(笑)」

そんな会話ができるような信頼関係を築けるきっかけとなったのが、制御機器を工場向けに販売する会社への営業を任されたことだった。口座を開設したのは先輩だがすぐに上園の担当となり、まだ誰の色も着いてない。なんとか自分の力でゼロから商売を開拓しようと意を決した。

取引先の経営者と話をするのも、このときが初めてだった。聞いてみると、今まで扱っていなかった商材を手がけてビジネスを拡大したいという。トラスコ中山の物流システムを利用すればすぐにでも売り始めることができる商材もあった。上園はその会社の各支店にも回り、新たな商材を扱うメリットを説いて回った。新たに先方の物流センターが稼働することになり、トラスコ中山の物流センターのノウハウも提供した。そんな努力が功を奏し、その会社が工場で使う消耗品はすべてトラスコ中山に発注することになった。職場の上司や先輩の支援もあり、現在は北大阪支店で最も売上高の大きい取引先となっている。

「単純に商品を売り買いするのではなくて、自分の会社をこう変えたいというビジョンに対してトラスコはこういう支援ができますという営業を初めてしました。経営の課題を解決したことで信頼が得られたと思います。うれしかったですね」

北大阪支店に来て3年目には、支店長から営業リーダーを任された。支店長を補佐して十数名の営業担当者をまとめる立場である。社歴が浅く下から数えた方が早い自分にそんな役目を振られ「えっ、俺が?」ととまどった。成功体験をたくさん持っているベテランが多く、自分の言うことなど聞きそうになかった。そんな中で何をすればいいのか。考えあぐねた末に、支店長と営業所員とのつなぎ役に徹することにした。

「例えば毎月取引先から入金がありますが、請求額と違うと、営業担当から確認を入れます。ところが年配の社員になると、定めた日数を過ぎてもやっていなかったりします。それを支店長が指摘する前に、僕みたいな若造が、ルールですからお願いしますと言う方が効果があったりします。私より若い人たちとは、モチベーションが下がらないように悩みごとを聞いたり、話しかけづらい先輩との橋渡しをしました」

その後伊勢崎支店に転勤してからの期間も含めて、上園は約八年間にわたって営業リーダーを務めた。その経験は、多くの人たちと関わりながらプロジェクトを進める今の仕事に生きていると実感している。

⇒〈その2〉へ続く

 


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