商社の仕事人(82)その3

2021年03月2日

トラスコ中山 上園宏一

 

納期ゼロでユーザーに届ける

「MROストッカー」を

軌道に乗せる

 

社外にも出た1年間。発想の違いに衝撃を受ける

実は上園はMROストッカーに関わるようになってからの1年間、MROサプライ東京支店の職場がある新橋のトラスコ中山東京本社にはいない時間の方が多かった。この間、大手町にある「Inspired.Lab(インスパイアード・ラボ)」を第二のオフィスとしていた。新規ビジネスの創出と社会課題の解決を目的とした活動拠点で、外資系の大手ITベンダーが運営している。

「既存の卸売業の枠組みを超えるには、会社で働いているだけじゃだめだろう? 新しい発想を持つためには、いろんな人とも会って話さないと。当社としては初めてのことだけど、オープンイノベーションの場で仕事ができるという話がある。上園、お前行ってみるか?」

上司からこう勧められた。これまた予想外の展開だったが、会社の外に身を置いてみるのも悪くないと思った。

「実際に行ってみると、いろいろな企業から人が来ています。大手企業でDX(デジタル・トランスフォーメーション)や新規事業をしたいと手を挙げた人が三割、スタートアップ企業が七割というところでしょうか。オフィスではフリーアドレスで毎日違う席に座るので、会う人も変われば視点も変わり、今までの常識が覆される日々でした」

コンサルティングのノウハウはまったく持っていなかった上園だが、ここで知り合った人たちがアイデアを出して助けてくれた。MROストッカーのワークショップや実証実験にも協力してもらい、この仕事をする上で大いに役立った。だがそれ以上に「人生の転機になりました」と上園は語る。

一番衝撃的だったと上園が紹介するのが、次のようなできごとだ。

Inspired.Labに参加するメンバーの一人で、自動車産業関連で独占的な技術を持つある会社から、「トラスコさんに提案したいことがある」と言われた。初対面の人物だったが、『じゃ会いましょうか』ということに、その会社の技術を使う提案をするのだろうと思った。だがその予想は見事に外れた。

「家具の大手小売店のMROストッカーをやりませんか」とまず言われて、上園は最初真意を測りかねた。

「あの家具とか雑貨を売っている、知名度が高いあの店ですか?」

話がピンと来ない。その様子を見て相手は説明を付け加えた。

「あの店は、使うシーンごとに分けてそこに商品を埋め込んでいるじゃないですか。トラスコさんが扱う商品でああいうスペースを作ってはどうですか。ショールームと店舗を兼ねて、こういうシチュエーションで使えるものですとユーザーに見てもらうんです」

なるほどいいですね、おもしろいですねと相槌を打ちながら聞いていたが、ふと疑問に思った。

「それで、御社の技術はどこで使うんですか」

「いや、関係ないです」

「え? それじゃ御社のメリットは?」

「ないです」

「うちとの商談ですよね?」

「そうじゃない。トラスコさんに新しいビジネスモデルを提案したいだけです。うちの技術を使おうが使うまいが、どっちでもいいんです」

ギブ・アンド・テイクではなくて、ギブの精神で、自分が考えたことすべて提供する。いわば本当のユーザー志向である。その人物の発想は、自社でできるビジネスの範囲を超えていた。

この例に限らず、自分はこういうことをしたいと話をすると、うちの技術をこう使えるという発想にとどまらず、それならこうした方がいいんじゃないかというリアクションが、ほかの人たちからも次々に出てくる。それは本気で社会をよくしようと思っている人が集まっているからだと上園は説明する。

「トラスコ中山は社員の仲もいいし、部署間でも隔たりなく話ができます。新しい提言をしやすい会社だし、社長との距離も近い。それが居心地よいし、会社の人たちは大好きです。が、やはり機械工具業界の常識や考え方、価値観から抜けられないところがあります。私は幸い会社を外から見ることができました。日常的にほかの世界の人たちと接しながらMROストッカーという新しいサービスを作ることで、自分の幅も広がったし、人としての考え方、あり方を教わった気がします。ものすごいスピードで世の中は変わっていっていることもリアルに感じました」

 

社員がこれからの会社を作っていく。自分がその見本となる

2020年1月にサービス提供を開始したMROストッカーは、4月から全国で導入提案の営業を展開している。上園は各地の支店の営業担当者の勉強会を開いたり、成功事例を資料にまとめて提供している。実際に使われながら出てくる課題を踏まえて、さらにシステムやサービスのしくみを改善している。

「原材料のコストを下げるよりは、当社が扱うような資材に関わるコストを10パーセント削減する方がはるかに簡単なのは、実際のデータを見てもらえば納得してもらえます。導入する手間も、初期コストやランニングコストもほとんどかからず、MROストッカーを設置する場所さえ用意してもらえればいい。なおかつリードタイムがゼロになってすぐに利用できる。営業すると前向きにとらえてもらえることが多いですね」

トラスコ中山にとっても大きなメリットがある。MROストッカーの利用状況から、これまで得られなかったエンドユーザーの購買データが自動的に収集できるのだ。どの会社のどの部署で、どんなニーズがあるかという情報が分かる。

今後はAIを活用してその購買データと、工場の工程や機械の稼働状況、天気などの外部データを連携し、この工具は間もなく磨耗して使えなくなるはずなので事前に在庫量を調整したり、建設現場なら台風が来る時期にブルーシートなどの養生材や合羽を大量に置いて調達時間を短縮することも考えている。今はまだこのシステムにはAIの機能は入れていないが、需要予測の有力な武器となるので今後導入する構想もあるという。

「必要とされるものの在庫を置くというところからさらに進んで、エンドユーザーの行動分析やマーケティングの観点を駆使して経営戦略を提案できると思っています。コンビニが、明日の天気や近くの学校で運動会があるとかいう情報をもとに、おにぎりを仕入れる数を決めるじゃないですか(笑)。そういう小売業的な視点も取り入れることで、よりユーザーにとって利便性の高い、新しい形態の卸売業になるはずです」

MROストッカーの展開が、既存の卸売業の枠を超えると上園は分析する。

「中山社長が商談をするときに、MROストッカーの話を必ずするそうです。その熱い思いもわかっているつもりです。私自身も優れたサービスだということが腹に落ちたので、ぜひ成長させたいですね。今ファクトリールート、eビジネスルート、ホームセンタールート、海外ルートと四つのセグメントがありますが、新しいセグメントの一つに加わるだけの売上の規模になればと考えています、トラスコ中山は中山社長が飛び抜けたアイデアマンで、ここまで会社を引っ張ってきました。更なる成長のためには社員も独創的なアイディアを打ち出していくことが必要だと思います。できれば自分がそのロールモデルになるよう頑張ります」

MROストッカーというサービスをもっと大きなビジネスへと進化させるために、上園の挑戦は続く。

 

上園宏一(うえぞの・こういち)

1986年、埼玉県さいたま市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。2008年トラスコ中山に入社。最初は海外で働くことを希望して総合商社を中心に就職活動をした。「就活のときは生意気でした」と振り返る。

「卒業したら嫌でも働くのだからと学生のうちしかできないバックパッカーに明け暮れていました。だから、インターンシップにも行かなかったし、面接では、第一希望じゃありませんとか平気で言っていました。そんな中でもトラスコ中山は、自分のことをちゃんと見てくれていると強く感じた会社でした。君は印象が暗いから次は変えた方がいいとか、駄目出しもしてもらいました(笑)。一人の人間として見てもらえるのでうれしくて、それと比べてほかの会社は冷たいという印象でしたね。就活でまず目につく企業は全体の一部でしかありません。いろんな会社と出会える機会なので、どんどん足を運んで自分の目で見て、自分が活躍できる可能性を広げてほしいと思います」

 

取材:2020年9月

 


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