トラスコ中山 上園宏一
納期ゼロでユーザーに届ける
「MROストッカー」を
軌道に乗せる
サービスを自分で立ち上げる魅力を知る
eビジネス営業部MROサプライ東京支店に異動したのは2017年4月だった。これまでの支店と違って販売店への営業がメインではなく、電子集中購買を検討する企業を訪問する。トラスコ中山の電子集中購買システムとエンドユーザーのネットワークをつないで発注を自動化し即納する体制を作るのが目的だ。なのでここでは「調達の効率化」がいわば商品であり、それを提供することがミッションとなる。
これまでと違う環境に置かれた上園は、以前の部署で扱ったことのあるバッテリーリサイクルというサービスを、電子集中購買の中で展開するという、今の部署では初の試みを行った。展開のヒントになったのは、営業先のタイヤメーカーで先方の担当者と雑談をしていたときのこんな一言だ。
「上園君、タイヤにQRコードって付いてるよね」
「どこにどんな経路でそのタイヤが流れていくかを追いかけるためですよね?」
「そうそう。そのQRコードを読み取るハンディターミナルのバッテリーが使えなくなって溜まってしまい、邪魔で困っているんだ」
言われた通り、工場の一角には使用済みバッテリーが山積みになって放置してある。産業廃棄物なのでゴミの日に出すわけにもいかず、廃棄するには費用がかかるので取りあえず放置してあるのだという。
「なんとかならないかな、あれ」
ボソッと漏らした言葉が耳に残った。
ハンディターミナルはリチウムイオン電池で動作するが、携帯電話やスマホと同じく繰り返し充電するうちにバッテリーの性能が落ちていく。トラスコ中山では新品の半額程度で、繰り返し使用できるよう、それらをリサイクルするサービスを実施している。だがeビジネス営業部ではまだ扱っていなかった。電子集中購買のしくみを使えば簡単にリサイクルできるはずで、工場で山積みになることもなくなると考えた。
そのタイヤメーカーでは全工場でハンディターミナルを使っているので、需要は相当ある。ただどうすればeビジネス営業部で扱えるようになるのか。社内の情報システム部に相談して試行錯誤の末、トラスコ中山のECサイト上にバッテリーリサイクルサービスを開設することができた。
「試しにその工場で使ってもらうとうまくいって、喜んでもらえました。同じ会社のほかの工場や他社にも展開し、順調に稼働しています。そんなに額の大きいビジネスではありませんが、自分で新しい流れを構築することができたのでうれしかったですね」
商社というよりはコンサルタントのような仕事
MROストッカーのプロジェクトを担当するようにと声がかかったのは、MROサプライ東京支店の仕事にも慣れてきた頃だった。
まずこのサービスが本当に必要とされているのか、有効性を検討するために簡単な模式図を取引先に見せて、使ってみたいかどうかを聞いて回った。だがそのうちに「これでは売りたいものを押しつけていた頃の営業と変わらないのでは?」という気がしてきた。相手がしたいこと、困っていることを聞いて、それを実現したり解決することで信頼を得てきたのではないか。ならば製造現場の現状を知ることが先だ。
こう考えた上園は、MROストッカーの話をする前に、まずエンドユーザーの抱える困りごとのヒアリング調査をすることにした。仕事をしている一日のスケジュールを教えてもらい、何にどれだけ時間をかけているかを尋ねた。製造現場も訪ねて調査すると、たとえば製造ラインの保全作業では備品の発注や在庫管理に時間を取られていることが見えてきた。本来は修理や点検などメンテナンス業務が仕事のはずだが、現場に出るよりもパソコンに向かったり電話をするデスクワークが中心になっていて、当人も意外とそのことに気づかない。
「なんだか毎日時間がないけど、なんでこんな忙しいのかな、と思っているのです」と上園は話す。
「生産コストの7、8割を占める原材料は、どの会社もこれまで徹底的に管理してコストを削減してきました。そこからさらに1パーセント下げるのは大変なことです。トラスコ中山が供給するペンチとかニッパーとか潤滑材、消耗品といった資材は、直接製品に使われるものではありません。単価も比較的安いのですが、それを一個や二個の単位で頻繁に見積もり依頼や発注、決済をすると手間がかかります。金額は全体の2割でも、こういう見えない手間の中の比率は八割を占めます。ここを管理することがさらに製造業のコストを削減するには有効です。しかしそこをしていない会社が大半だということがわかりました」
こうして得られた情報は、模造紙に書き出して可視化した。それらをもとに、各種の製造現場や購買を担当する人たちに参加してもらってワークショップを開き、今何に困っているか。それを解決するにはどういうサービスがあるといいかを検討した。
するとMROストッカーのサービスは、やはりエンドユーザーの困りごとを解決するため理に適っているという結論になった。すぐものが使えるようになるだけでなく、誰がいつ何を何個買ったかもすべて記録に残ってデータベース化されるので、見えないコストを管理するツールとなる。また発注がある度に届けなくても適宜補充しておけばいいので、トラスコ中山の直接の顧客である販売店も配送回数が減らせる。宅配便の配送が人手不足で逼迫していることが話題になったが、ラストワンマイルの配送の効率化で社会的な課題に応えることができる。これから日本は人口減少でさらに人手不足になる。待ち時間を徹底的に省き、在庫管理や発注の手間を省いてものづくりに集中する環境を作っていかないと、製造業は衰退していく。そこを踏まえてのサービスとなる。
こうしたヒアリングやワークショップは、商社よりもコンサルティング会社が行うような作業である。実際にサービスを運用してみる実証実験を始めると、より多くの会社の協力が必要だった。仕入先にも声をかけ、顧客となっているエンドユーザーに紹介してもらった工場まで出張した。ゼネコンの建設現場に行ったこともある。伝を頼るだけでなく、一見の相手にも電話をした。「トラスコ中山という会社ですが、生産現場や資材購買の方に新しいサービスのご案内をしたいのですが」と一日中かけ続ける。「トラスコ中山さんはしっかりした会社なんだから、こんな営業をしなくてもいいのに」と諭されたこともあった。
「実証実験をやらせてくださいという本題に行き着く前に断られ続ける。心が折れますよね」
トラスコ中山の基幹システムリプレイスの都合上、2020年1月に間に合わせる必要があった。それでもどうにか周りのサポートもあり八か所で実証実験をすることができ、問題点を解消しながら必要な機能を織り込んでシステムを開発していった。
⇒〈その3〉へ続く