商社の仕事人(85)その2

2021年03月10日

CBC 宍戸慶行

 

安定を良しとせず、

強い開拓精神でゼロから

新しいフィールドに挑戦する

 

緻密な戦略でシェア50%を奪取する

「日本人は入るな! どこかへ行ってろ!」

ようやく顧客を獲得し始めた頃、中国系企業の社員からこんな言葉を投げつけられた経験もあった。相手は大型機械関係の企業で、その日はアポイントを取って訪ねた商談の日だった。ところが、入館手続きで宍戸が日本人と分かるや否や、相手企業の担当者が突然激昂したのだ。

「私は北京に7年ほどいましたが、このような経験は何度かありました。このときは同行していた中国人スタッフのみが入り、私はそこから5㎞も離れた寺院で待っていろと言われて。仕方なくタクシーで寺院に移動して、池に咲いている蓮の花をボンヤリと眺めて過ごすしかありませんでした(笑)」

現地での厳しい洗礼を受けながらも、着実に人脈を築き市場を開拓していった宍戸は、4年目に大きなビジネスを手にすることとなる。相手は大手自動車メーカーに向けた自動車部品を製造する日系企業のA社。もともとCBCとの取り引きはまったく行われていない企業だった。すでに他の商社が日本の部材を入れるルートを固めていて、新しく入り込む隙などないように見えた。しかしたった1年の間に、宍戸はA社のシェア50%をCBCが占めるまでに取引きを成長させることに成功した。そこには、実に緻密な戦略があった。

当時、北京のA社工場では日本からの部材を使って部品を作り納品するという流れが出来上がっていたが、工場開設から4、5年が経過して地元に根付いたことで、部材を現地調達しようという流れが生まれつつあった。そんな情報をキャッチした宍戸は、ひとつの部品に用いられるすべての部材に対し、中国のサプライヤーのルートを固める作業に着手した。例えば、Xという部品を作るためにはおよそ30種の部材が必要になるとしよう。その際、30種のうちの数種だけを変更するということはほぼあり得ない。変更するなら、30種すべてを変更して新しいレシピを生み出すのが一般的だ。それを踏まえて、宍戸は30種に関わるサプライヤーすべてにコンタクトを取り、ルートを固めたわけだ。

これが何を意味するのかといえば、日本の部材を供給していた別の商社が、新たに現地調達の部材を探したところで、すでにCBCの宍戸がコンタクトを取っているために入り込むことができないということ。例え何種かの部材のルートを確保しても、30種すべてを固めるには到底及ばない。気づいたときには、A社とのサプライチェーンが完全に宍戸に奪取され、手も足も出せないという状況になっていたわけだ。

宍戸のこの緻密な戦略により、部品Xだけでなく、部品Yも、部品ZもCBCが請け負えるようになり、気づけばシェア0%から1年で50%を達成。取引き額も0円から月2000万円を超える額となった。何とも痛快でダイナミックなビジネスだが、そもそも宍戸はA社が部材を現地調達しようという流れがあることをどうやってキャッチしたのか。そこには泥臭い人間関係構築の積み重ねがあったことは言うまでもない。

「北京の現地法人ができてからも、何か月もの間ケミカル部門のルートは構築することができませんでした。つまり、私にはやる仕事がない状態です。そこで、日本国内では取引きがあるのに、中国ではまだないという非常にもったいない企業を片っ端から洗い出し、最低でも週に一度、用事がなくても顔を出して私という人間を知ってもらう機会を作ったわけです」

もちろん、ビジネスの話ができるわけでもなく、「また来たのか」と疎ましく思われていた時期もあっただろう。しかし、ビジネスは結局〝対人間〟である。自分という人間を知ってもらわなければ何も始まらないというビジネスの基本を、宍戸は直感的に知っていたのだ。

利益を生み出せない我慢の期間が半年以上続いた頃、宍戸はA社の天津工場長から食事に誘われるようになる。酒を酌み交わしたことも一度や二度ではない。やがて、小規模ではあるが副資材などの取引きが生まれ始めた。そしてある時、工場長は宍戸にこんな話をしてきた。

「部材を現地調達に切り替える予定がある。そのために今度日本から技術者を呼び寄せるんだ。君にも紹介するよ」

宍戸はその瞬間を、鮮明に覚えている。〝大きなビジネスチャンスが来るぞ〟、そう直感したという。工場長は、なぜこのような重要な情報を宍戸に伝えたのか。それは、宍戸という人間を見込み、一緒にビジネスがしたいと思ったからに他ならないだろう。こうして宍戸はCBC中国でも存在感を示し、現地法人の駐在員が一同に会する通称「チャイナ会議」でも発言権を得ていった。

⇒〈その3〉へ続く

 


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