商社の仕事人(49)その1

2018年03月12日

豊島 池田剛士

 

繊維コンサルタントとしての

実績を積み上げる

 

 

【略歴】
池田剛士(いけだ・たけお)
1980年埼玉県出身。法政大学経営学部卒。2003年入社。

 

初の担当が5億円の商権

「もともと完成されている商品を売るのではなく、自分で考え、組み立て、差別化して物作りができる会社で力を試したい」

池田が就職活動で掲げていた条件はただ1つ、〝何でもやらせてくれる会社〟ということだった。マスコミや広告代理店、そして商社を受けていく中で、もっとも興味をそそられたのが、豊島だった。

「正直に言ってしまうと、就職活動をスタートするまで豊島という会社の存在自体を知りませんでした(笑)。他に受けていたのは誰もが名前を聞いたことがある有名な会社ばかり。しかし、先輩社員や人事の話を聞いていくうちに、自分の性格や、やりたいことに最も合致するのは豊島だと感じるようになりました」

商社といえば、自社製品を持たずに商品の流通に関わるので、クリエイティブさとは離れた仕事だと感じる人もいるだろう。しかし、池田の考えは違った。

「誰も手をつけていない、誰も行ったことのない場所で物作りを立ち上げるのが商社の仕事。フロンティア精神がなければ務まらない、ゼロから何かを導き出すのが商社というポジションだと信じています。だからこそ、〝何でもやらせてくれる〟豊島は、仕事が面白いはずだと思いました」

豊島に入社を果たし、配属されたのは東京4部3課。メンズファッションを扱うこの部署で、池田は1年間嵐のような日々を送る。

「当時、新種の感染症だったSARSが鎮静化し、部署の先輩社員たちが一斉に中国でのビジネスに出かけるようになったんです。3、4人の先輩たちの、日本での業務のフォローを一手に引き受けたのが、まだ右も左も分からない状態の私です。昼夜問わずに送られてくるメールやFAXの受注書、船便の手配、日本のお客様への報告事項など、何をどうすればよいかすら分からない中、無我夢中で仕事を覚えました。ただ、この時に〝習うより慣れろ〟というのは本当だなと実感しました。分からないなりにも、やらなければならない状況に追い込まれれば、通常の何倍もの早さで身につくもの。おかげで仕事のやり方やお客様との交渉のコツなども見えてきて、営業に出るためのパワーを存分に溜め込むことができました」

入社して1年が過ぎる頃、池田はS社というメンズのアパレル卸の企業を任せられる。それまでは同じ部署の営業9年目の先輩社員が担当しており、すでに5億円ほどの商権となっていた。その数字を営業1年目の自分に任せてくれる〝勇気のある会社だ〟という感想を持ったことを、池田は覚えているという。

「出会いからそうなのですが、もともとは豊島の事をまったく知らず、大手総合商社の様な有名な会社ではありませんでしたから、会社に対して凄い期待があったわけではありません(笑)。ですから、仕事を任せてもらうたびに、〝この会社、いい会社だ!〟というように、豊島に対する私自身の評価は年々高まっている状態です。当時も、新人の私に5億円の商権を任せるというリスキーなことが、平然と行われていて思った以上にすごい会社なんだと感心したんです」

⇒〈その2〉へ続く

 


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