商社の仕事人(70)その1

2018年12月10日

日本紙パルプ商事 秋吉省吾

 

熾烈な古紙原料獲得競争に

勝ち抜き

新たな再生紙ビジネスに挑む

 

【略歴】
秋吉省吾(あきよし・しょうご)
1983年、福岡県生まれ。明治大学経営学部経営学科卒。2007年入社。

 

「秋吉が新規注文を取ったぞ!」

部内に響き渡る上司の声。先輩社員たちも「おめでとう!」と秋吉に声をかけ、拍手を送る。ちょっと照れながらもうれしそうな秋吉の顔がある。

紙の専門商社であり国内では販売一次代理店の役割を担う日本紙パルプ商事株式会社(JP)には、新聞・出版営業本部や、印刷・情報用紙営業本部など様々な部署があるが、秋吉が入社後に最初に配属されたのは、卸商営業本部卸商部卸商3課。紙の二次代理店の役割を担う、卸商と呼ばれる取引先の営業を担う部署だった。

「私が担当するお客様は、二次卸の企業で、印刷会社や出版社に紙を卸す、昔からある〝紙屋さん〟でした。この業界は非常に歴史が古く、長年のお付き合いの中で紙を買うルートがほぼ決まっています。そんな中で私の部署は、当社をご贔屓にしていただいている卸商ではない取引先が主で、いかに当社とのお取引を拡大してもらえるか、随分苦心しました」

入社1年目は、ほぼ会社から出ることなく過ごす毎日だった。やっていたことは、お客様からの電話対応。先輩社員が担当している取引先からの注文を電話で受けてさばく。それだけで精いっぱいだった。

 

同業他社と競争しながら精力的にシェアを奪う

部署に配属されてすぐに、先輩社員に〝まずは電話を受けてみて〟と言われる。新人としては当然の役割だ。始業時間が始まった。恐ろしい勢いで電話がかかってくる。あわてて受話器を取ると、紙の銘柄や規格、数量(何連)を矢継ぎ早に伝えてくる。連というのは、一定寸法に仕上げられた紙1000枚、板紙の場合は100枚を表す取引上の枚数単位のことだ。紙を扱う者としては基本中の基本だ。戸惑う秋吉。

「新入社員の私はそれすら分からない状態でした。銘柄も規格も、日本語なのか何なのか分からないほどです(笑)」

とりあえず、必死でメモを取って、間違いがないように手配対応をした。入社して最初の3か月間はこうしてあっという間に過ぎ去っていった。

〝営業として外に出たい〟などと考える暇もないほど忙しく、電話は毎日夜7時過ぎまで鳴り響いていた。しかしこの経験によって、紙に関する知識など皆無だった秋吉は、いつの間にか紙のエキスパートと呼べるほどの知識を蓄積していった。

2年目からやっと営業として直接お取引先様に出向き対面で仕事をすることになるのだが、その道も決して平坦なものではなかった。何しろ古い慣習が根強い業界で、日頃取引のある贔屓の取引先を変えるということがなかなか起こらない。さらに、国内経済状況の停滞が続く中、企業の経費削減が進みペーパーレス化が着々と進む状況で、国内市場の規模拡大はそうそう見込めない。よって取引先を増やそうとすれば、できることはただ1つ。他社のシェアを奪うことしかない。秋吉なりの考えがあった。

「慣習がものを言う歴史のある業界でも、良かった点もあります。それは、各取引先には必ずキーマンとなる人物がいたことです。社長の場合もあれば、営業部長の場合もありましたが、とにかく取引に関するキーマンを掴めば、牙城を切り崩すことも不可能ではないだろうと考えました。しかし新人がそんなこと言っても誰も相手にしてくれません。JPの看板を利用して、お客様の元へ足しげく通い、キーマンとなる人物を探すところから始めました」

1年目の電話応対の日々は、実はこのときにも役立った。毎日のように電話に出ていたJPの秋吉という若い社員のことを、覚えていてくれたお客様が意外と多かったからだ。「あの時の電話は君だったのか」というところから始まり、話をする機会を設けてくれることが多々あった。もちろん、キーマンは誰ですかなどと聞くわけにはいかない。用事がなくてもこまめに通い、相手と話をする中で頻繁に名前が登場する人物をキーマンと予想し、当たっていくという地道な作業が続いた。ようやくキーマンに辿りついても、すぐに他社の取引を奪える訳ではもちろんない。しかし、必ずチャンスはやってくるのだ。

「それは、他社に在庫がないというタイミングです。そんなとき、〝JPの秋吉〟という営業マンを思い出してもらうよう、顔をつないでおく。そして、いざお呼びがかかったら、他社が持っていなかった在庫を何が何でもそろえるんです。もちろん、他社がそろえられない紙をうちでもそろえるのも容易ではありません。しかし、部内の先輩・上司はもちろん、他部署にも協力を仰いで、確実に、しかもスピーディに対応するんです」

もしかしたら、相手は軽い気持ちで秋吉に打診してきたかもしれない。他社にも当然打診しているだろう。「うちも無理ですね」ということは簡単だ。しかし秋吉はそれを本気で受け止め、応えようとした。最初の受注は、正にその成果だった。

秋吉はこの真剣さで、少しずつJPのシェアを増やしていった。

卸商営業本部卸商部には、当時30名ほどの部員がいた。皆、シェアを広げて数字を獲得することに注力し、エネルギッシュな営業活動を展開する先輩たちばかりだった。いざ誰かが受注を獲得すれば、部員全員で喜び合うなど、団結力も強かった。秋吉もこの部署で鍛えられ、紙に精通した年上のお客様相手と互角に渡り合い、泥臭くきめ細やかな対応でお客様からの信頼を勝ち取る営業マンへと成長していった。

「どうしても取りたいシェアの場合は、入念な下調べを行い、〝もしや今のお取引ではこういう点でお困りじゃないですか? 当社であればこのようにご提案をしますよ〟というような〝お土産〟を持って乗り込むこともありました」

そこには、入社時電話対応でおたおたしていた秋吉の姿はもうなかった。刺激的な先輩や上司に囲まれて、入社1年目から紙専門商社の営業としての王道を経験できたことは、秋吉にとって大きな財産となっていた。

⇒〈その2〉へ続く

 


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