商社の仕事人(72)その1

2019年04月15日

伊藤忠商事 金田直也

 

世界地図は、

すべてこの手で塗り替える!

 

 

【略歴】
金田直也(かねた・なおや)
1979年、岩手県胆沢郡生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒。2005年、伊藤忠食糧に入社。2013年、伊藤忠商事に入社。

 

千載一遇の〝チャンス〟

赤道直下の国・南米エクアドル――。

2008年の夏、その首都キトに一人の男が降り立った。男の名前は金田直也。伊藤忠商事の子会社・伊藤忠食糧に所属する入社4年目の社員である。

「さすがに涼しいな…」

空港を出た金田は、思わず首をすくめた。それもそのはず、標高2580メートルの高地にあるキトは、8月の平均最高気温が20度ほど。年間の平均気温はおよそ14度で、「永遠の春」と評される都市である。しかし、これから金田が向かうエクアドル最大の貿易港にして最大の商業都市であるグアヤキルは、標高4メートル。8月の平均最高気温は約30度で、首都キトとは10度もの差がある。金田は、ほんの数時間で2800メートル余りの標高差と、春から夏への移り変わりを味わうことになるのだが、そんなエクアドル経済の中心地グアヤキルで金田を待っていたのは、カカオ豆を扱う輸出業者だった。

カカオ豆とは、年間平均気温27度以上の熱帯で栽培される常緑植物・カカオの樹に実る、楕円形の大きな果実の中に30〜40粒ほど含まれる種子のこと。チョコレートやココアなどの商品は、これを発酵、乾燥、粉砕、除皮、焙煎、磨砕させて出来上がるカカオマスを主原料として作られている。現在、カカオ豆は西アフリカ、中南米、東南アジアなど世界50か国余りで栽培されており、日本への輸入量はガーナ産を筆頭にエクアドル産、ベネズエラ産、コートジボワール産の順となっている。通常、カカオ豆はこれらの国々で発酵、乾燥まで行い、それを集荷して麻袋に詰め、輸出国の検査を受けた後、コンテナ船などで世界各国へと運ばれる。

金田は伊藤忠食糧で製菓原料のココアを扱う部署に所属し、カカオ豆とその半製品の買い付け、並びに日本への輸入を主な業務としていた。海外経験豊富な金田は、いつもなら南米各地を飛び回り、カカオ豆輸出業者の新規開拓に精を出すのだが、このときばかりはやや事情が異なった。というのも、当時、カカオ豆の日本への輸入状況は既に大きく変わっていたのである。

2006年5月、食品衛生法の改正により、カカオ豆の国内輸入に際してポジティブリスト制度が採り入れられることになった。ポジティブリストとは使用可能農薬一覧のこと。従来は使用禁止農薬リスト(ネガティブリスト)に違反した食品・農産物の流通を禁止していたのだが、次々と新たな農薬が開発され、ネガティブリストの作成が追いつかない。そこで、ポジティブリスト制度へと変更し、カカオ豆からポジティブリスト以外の農薬が一定以上検出された場合のみ流通を禁止することになったのである。

だが、この新制度導入により、日本と取引のある南米のカカオ豆、とりわけエクアドルの生産現場は混乱を来すことになる。カカオ豆は、多くの場合、村々で収穫されたわずかな量を仲買人が市町村単位で集め、さらにそれを別の仲買人が州単位で集めて輸出業者に売り渡す。つまり輸出業者は、仲買人にポジティブリストを伝えはするが、生産農家がそれを守るかどうかは分からない。また、他の農産物の農薬が付着するドリフトコンタミネーションの回避は困難を極め、品質管理に万全を期すのは難しいのだ。そのため新制度導入後、基準をクリアできないカカオ豆が続出。結果として南米から日本へのカカオ豆輸入量は落ち込むことになった。しかも、これをきっかけに大手企業の間では、長い付き合いのある現地の輸入業者を見捨てて、他国へ取引先を変える動きが広がり始めたのだ。もちろん伊藤忠食糧も、早急な決断を迫られた。そんな中、金田は事態の推移を異なる視点から冷静に分析していた。

「商社の仕事は、ピンチをどこまでチャンスに変えられるかが勝負。こんな大きなピンチがカカオ豆業界に降り注いでくるなんて滅多にないことだ。カカオ豆ビジネスにおいて後発の伊藤忠にとって、これは千載一遇の〝チャンス〟かもしれない…」

東京からエクアドルのグアヤキルまで金田が急ぎ駆けつけた理由はそこにあった。

金田は、日系企業撤退の気配を感じて動揺する現地のカカオ豆輸出業者のオフィスを訪れ、開口一番、こう言い放った。

「俺は、何があっても絶対に見放したりはしない!」

そして不安と疑心に満ちた目を向ける輸出業者に、金田はにっこり微笑みながらこう続けた。

「俺たちと一緒にやろう! 君と俺たちだけで」

金田の人生を注ぎ込んだ挑戦は、ここから始まった。

⇒〈その2〉へ続く

 


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