商社の仕事人(72)その2

2019年04月16日

伊藤忠商事 金田直也

 

世界地図は、

すべてこの手で塗り替える!

 

 

人間の本質を見極めたければ「商社」だ

アメリカ西海岸の名門カリフォルニア大学バークレー校で最新の映像学を学んだ金田。そんな彼が伊藤忠食糧に入社してカカオ豆を扱うことになろうとは、金田自身、想像だにしなかった。

中学生の頃からビジュアル系映画の魅力に引き込まれていた金田は、「将来、文学に近いカテゴリーで映像学という学問ができるに違いない。最新の映像学を学ぶには最先端の映像を作る国に行くしかない」と考えていた。そこで、金田は日本の大学を経由せず、一足飛びにアメリカの大学に進学することを決意。大学選びから入学交渉まで、金田は学校の担任に頼ることもなく、ほぼすべてを自分で進めた。英語力は「なかった」と言うが、度胸は満点だった。

「知っている単語をつなぎ合わせるだけの英会話でした。〝書類送った。届いた?〟なんて感じで。映像学を学びたい一心というか、とにかく気持ちだけで走っていましたね(笑)」

そして1998年、金田は渡米する。ロサンジェルスの大学で一般教養と映像学の基礎を学び、金田が大学3年時に編入したのは、映像理論学では全米随一と言われるカリフォルニア大学バークレー校。ここで金田はエッセイ(論文)の執筆について厳しい指導を受け、徹底的に「論理的思考の組み立て方と、自分の主張を正論化」する手法を叩き込まれたという。

「バークレー校は別名〝リサーチ大学〟と呼ばれていて、とことんまで理詰めの教育を行います。試験の一例としては、2週間ほどで最低50冊の本を読み、少なくとも15冊からの引用を入れた、A4用紙30枚のエッセイの提出。命題と結論を1~2枚目に掲げ、その後はそれを論理的且つ徹底的な理論武装を施した上で、自分の考えを強く主張しなければならない。テスト期間中は同様の複数科目のアサインメントを同時に熟さなければならず、これは辛かった。まさに〝論理・理論地獄〟でした」

こうした環境で映像理論学の知識と経験を身につけていった金田だが、渡米当初こそ映像を作るディレクターを目指していたものの、映像学を深く学ぶうちに、映画をトータルコーディネイトするプロデューサーへの興味が湧き上がってきた。

「プロデューサーは、自分がいいなと思う監督、俳優、そしてエンジェル(投資家)をつかまえて、ビジネスとしての映像を創造する。それはとてつもなく魅力的な仕事です」

また土地柄もあり、ベンチャー事業の立ち上げが当たり前の環境でもあったことから、当時は会社に就職するつもりも持ち合わせていなかった。そんなある日、日本人駐在員が多く住むサンノゼのパーティーで知り合った総合商社の日本人社員に、就職についてこんなことを言われた。

「いずれ独立するにせよ、一度、どこか日本の会社に入って社会がどんな有機体として動いているのかを知っておいても損はない。商社に3年もいたら、トレーディングから、与信、決算、契約、入金の仕組みまで、ビジネスの基本がひと通り分かるからオススメだよ」

この言葉に一理あると感じた金田は、2004年の5月、大学卒業と同時に帰国する。当時、大企業の選考は4月中には終わっていた。だが、金田にとってそんなことはおかまいなし。履歴書を送り付け、自ら人事部に電話をかけて追加選考を依頼した。すると、外資系の投資銀行やコンサルティングファームから次々と面接に呼ばれ、ほぼすべての企業から内定を得ることができた。ただ、金田は自分から応募しておきながら、自分のやりたいことが見えていなかった。そんな中、ある企業の面接の帰り道、金田の目に地下鉄南北線の車内広告が飛び込んできた。それは伊藤忠食糧も参加していた合同セミナーで、ちょうど後楽園ホールで開催中。途中下車すればいいだけだった。金田はまるで何かに導かれるかのようにセミナー会場へと足を運び、伊藤忠食糧の説明会に臨んだ。

「当時、伊藤忠食糧が募集していたのは、製菓原料のココア部隊で働ける人間で、1年目から中南米とアフリカにバンバン出張してもらいますということでした。僕にはそれがとても魅惑的に聞こえました」

金田は伊藤忠食糧からもすんなりと内定を得た。だが、最終的に、破格の年俸でオファーを受けていた外資系企業への入社を辞退したのには、別の理由もあった。

「たしかに給料は多いに越したことはありません。ただ、大学時代に真剣にディベートをやった経験から、世界中の人々と徹底的に話し合って、人間の本質にあるもの、あるいはその人間の文化的・歴史的背景を見極めてみたいという強烈な欲求があったんです。そして、それにはビジネスの場が最適だと気づきました。欲得ずくのハードネゴの世界になればなるほど、人間のナマの部分がむき出しになる。それは、バックパック旅行で現地の連中と知り合って仲良く写真におさまるような人間関係とは、まったく異なるフェーズです。しかも、いくらベネフィットが高くても外資系企業の日本支社では頻繁な海外出張や駐在の可能性は低い上に、先進国以外の国へのアクセスも限定的と想定されました。それで伊藤忠食糧に入社を決めました。面接で将来のキャリアについて尋ねられたとき、3年間きっちり働いたら独立しようと思いますと宣言してあったので、まあ、いざとなったら辞めやすいかなと思っていましたし(笑)」

⇒〈その3〉へ続く

 


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