社内外の人を巻き込み、
自分だからこそ生み出せる
付加価値を追い求める
【略歴】
1986年岐阜県生まれ。名古屋大学経済学部卒。2009年入社。
航空機用のハイスペック素材から焼き肉用鉄板まで作る
ある日の昼休み、社員の多くは昼食で出払っていた。周りに構わず仕事に没頭する社員がいる。渡邉順平は、落ち着かない様子でその姿をちらちら見ていた。やがて意を決したように椅子をくるりと後ろに回し、先輩社員に問いかけた。
「先輩、航空機用の特殊鋼材料を焼き肉店用の鉄板を作る客先に売り込みたいんですけど、アメリカのメーカーを紹介してもらえませんか?」
「焼き肉!?」
先輩社員のすっとんきょうな声が部屋中に響いた。
航空機用の輸入材カテゴリに詳しかった先輩社員は、後ろの席に座っていた入社2年目の後輩の突拍子もない依頼に目を丸くしながらも、持てる知識や人脈を惜しげもなく渡邉に与えてくれた。
「入社して2年目にもなると、主担当となるお客様は何社か持ててはいました。しかし、どれも先輩社員から引き継いだ案件であり、自分で一から土壌を耕して種を蒔き、花を咲かせたビジネスはなく、もどかしい思いでした」
そんな中で、渡邉が耕していた土壌に、発芽の兆しが現れた。特殊鋼の納入先の1つで建築材料を扱うA社から、焼肉鉄板用の高品質なステンレス鋼が欲しいという新たなニーズを引き出すことができたのだ。
「これだ!」と直感した渡邉は、情報集めに奔走した。
入社してすぐに配属されていた岡谷鋼機の名古屋本店特殊鋼部では、日本の産業に不可欠な高品質で高付加価値な特殊鋼を幅広く扱っていた。その用途は、航空機、自動車、建機、工作機械などダイナミックなもので、特殊鋼部には各種の特殊鋼とその用途に関する広範多様な知識を持つ精鋭たちが揃っていた。その中で入社2年目の渡邉が始めようとしていたのは、錆や腐食に強い航空機用のステンレス鋼を、油や調味料、そして炎と過酷な環境下で酷使される焼肉店の鉄板に応用するというもの。岡谷鋼機としては異端で、前例のないビジネスだった。
「僕にアドバイスをくれた先輩は航空機用の特殊鋼を専門に扱っている人だったので、最初に相談した時には〝え!? 焼き肉の鉄板用に!?〟と驚きながら、メチャクチャ笑っていました(笑)」
しかし、売れれば儲かるという意味では、ものが航空機でも焼き肉の鉄板でも同じこと。航空機の部品に欠かせない特殊鋼を扱うことと、全国チェーンの焼き肉店に設置される錆びない鉄板の素材を扱うこと、どちらが格好いいか、感じ方は人それぞれだ。目新しく、インパクトがあるビジネスがしたかったと渡邉は言う。新たな付加価値を生み出すことができなければ、商社の、そして自分自身の存在意義はない。そんな強い思いが、自身を突き動かしていた。
「岡谷鋼機では、〝何でもやってみろ〟という言葉をよく耳にします。しかし、本当に〝何でも〟ビジネスにしてしまう人は、意外と少ないのではないか。入社2年目にして生意気かもしれませんが、そう思ったんです」
結果、岡谷鋼機でゼロだった焼き肉用鉄板というカテゴリで、入社2年目にして月1,000万円を売り上げる新しいビジネスを作り上げた渡邉。しかし、始めから商社パーソンとしての嗅覚や能力を身に付けていたわけではない。入社1年目の本配属わずか3日目には、社会人として、また商社パーソンとしての責任の重さを痛感させられる出来事を経験し、涙をぬぐう場面もあったと教えてくれた。
⇒その2「長く濃かった入社3日目の出来事」
⇒岡谷鋼機