商社の仕事人(73)その2

2019年05月14日

岡谷鋼機 渡邉順平

 

社内外の人を巻き込み、

自分だからこそ生み出せる

付加価値を追い求める

 

長く濃かった入社3日目の出来事

その出来事は、2か月間の新入社員研修期間を終え、名古屋本店特殊鋼部に本配属されたわずか3日目に起こった。直属で渡邉に付いてくれたS先輩は数多くの担当先を抱えており、初日から客先に渡邉を連れて回り、顔合わせの機会を多数設けてくれた。

しかし配属3日目の朝、B社から「納入済みの鍛造品について相談がある」と急な呼び出しがかかる。不具合のある製品があるため、加工メーカーに戻して欲しいとの依頼だった。あいにくその日はS先輩に終日の先約があり、渡邉が1人でB社に向かうこととなった。社会人となって初めて1人で客先に向かう。不具合のあった製品をハンドキャリーで運ぶ〝おつかい〟のようなものだが、新入社員にとっては緊張の場面だ。渡邉は気合十分でB社の門をくぐった。

ところが、待っていたのは鬼の形相の担当者だった。品質保証責任者のC氏は、「早く選別して不具合品を持って行ってくださいよ!」と声を荒らげた。

「その鍛造品は、メーカーからB社に納品され、加工が施され、自動車に組みつけられるという部品でした。しかし、金型をたたいて作られる鍛造品では稀に形状に不具合が生じることがあり、そのままではB社の加工ラインにも不具合が発生してしまいます。B社が腹を立てるのは当然のことで、不具合品をただメーカーに持っていけば済む話と思っていたのは軽率でした」

40代のC氏に厳しい叱責を受けた渡邉。身の縮む思いではあったが、岡谷鋼機の看板を背負って現場にいるのは自分ただ1人だ。ここで逃げ出すわけにはいかなかった。不具合があるものを選別しなければならなかったが、新入社員である自分にはその知識がない。そこで渡邉は、C氏に1つひとつ確認を取ることした。

「これは不具合品ですよね?」「そうだね」
「これは不具合なしと判断して大丈夫ですか?」「そうだね」

このようなやり取りを幾度となく繰り返し、気づけば2時間以上が過ぎていた。C氏には「もう、いちいち確認取らなくていいから」と言われたが、渡邉は止めることができなかった。ここでいい加減な仕事をしては、C氏は渡邉を見限るかもしれない。もちろん、岡谷鋼機との取引がなくなるほどの大事ではなかった。しかし、自分に課せられた役割を完璧に果たさなければ、それこそ〝おつかい〟しかできない人間だと思われてしまう。そんな事態だけは避けたかった。

「今考えれば、何も分からない新入社員が〝これ大丈夫ですか?〟〝こっちはダメですか?〟と何度も何度も聞いてくるのですから、Cさんにしたら本当に鬱陶しかったと思います(笑)。しかし、ものを知らないなら聞くしかない。知らないままでいい加減な処理はしたくない。その一心でした」

2時間かけて、選別は半分しか終わらなかった。しかしC氏は、「今日はそこまででいい。あとは私がやっておくので、不具合品を持って帰ってください」と言ってくれた。申し訳ない気持ちを抱えながらメーカーに不具合品を運び、渡邉は就業時間を過ぎてから帰社した。そこには、S先輩が待っていてくれた。

ねぎらいの言葉をかけてくれたS先輩に、渡邉はなぜあの鍛造品には不具合が生じ、そのまま納品される事態に陥ったのかを尋ねた。今回のような事態を防ぐにはどうしたらよいのか、まずそのことを知りたかったのだ。先輩は、技術的な話などを夜遅くまでかけて詳細に教えてくれたという。一方で、メーカーに対しても詳しく話を聞く機会を設けてくれた。

「S先輩は、我々はあくまでも商社なので、技術的な見解は持っているべきだが、判断を下すに至ってはいけないこと。助言したり導いたりするのが商社の仕事ではあるが、技術に対する決断はメーカーにしてもらうのがもっとも間違いのないやり方であることなども教えてくれました」

密度の濃い、疲労困憊の1日が終わり、帰宅してすぐさまベッドに倒れ込み眠りに落ちた。しかし、この日は商社パーソンとしてのスタンスが確立された1日でもあったと、渡邉は振り返る。正確に、粘り強く、誠実に仕事と向き合うこと。商社として求められている役割を、実直に追求して全うすること。そのような姿勢があったからこそ、先述のA社と組んだ〝航空機の素材で焼き肉の鉄板〟が生まれたのだった。

⇒その3「F1を突破口に顧客のニーズを引き出す」

⇒岡谷鋼機

 


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