日本貿易会シンポジウム
多彩なビジネスを世界各地で展開する「商社」。だが、それゆえに、商社という企業体及び業界の実像を知ることは非常に難しい。実は、日本の大手商社42社が正会員として名を連ねる一般社団法人日本貿易会もそれを実感しており、「商社とは何か」をテーマとしたシンポジウムを開催している。ここでは同会の許可を得て、「日本貿易会 月報」の中から、商社を志す学生に向け、2014年12月号(No.731)に掲載されたシンポジウム「商社ビジネス最前線~商社とは何か~」を4回に分けて紹介する(所属・肩書は月報掲載時のもの)。
Ⅲ. 第1部パネルディスカッション
飯田 楠木教授からはセンスとスキルのお話がありましたし、五百旗頭さんからは投資リターンの話があって、どちらも愛情を込めた厳しい指摘であったかと思うのですが、加瀬会長の受け止め方をお聞かせください。
加瀬 楠木さんのお話はご自身が一流の経営者の方といろいろ話した中で出てきたお話と思います。確かに経営者は最終的にトータルで物を見る、あるいは将来を見ることが大事だと思います。私も社内で40−50人が参加する経営塾を3年ぐらい続けていますが、トータルのマネジメントができるセンスがあると思われるのは2−3割で、楠木さんのご指摘に違和感はありません。またLIXILの藤森さんやユニクロの柳井さんともお話しすることがありますが、彼らに一番あるのはセンスそのものと事業に対する情熱と実行力であると捉えています。五百旗頭さんからは、私も社長時代から厳しいご指摘を受けています。資源価格は2004年から高騰し、リーマン・ショックで一度価格が落ちたものの、非常に収益が上がりました。現在は非資源に移ってきていますが、インフラなど新しい事業の収益力は資源とかなり違うので、収益性のある事業をどれだけつくっていくかにかかってくるのではないかと考えています。
飯田 加瀬さんからセンスと情熱と実行力というお話がありましたが、楠木さんは「商社とは何か」を一言で言うと、人が育つところとお考えなのでしょうか。また、センスは生まれ持ったものなのでしょうか。
楠木 そうですね。商社は「センスハウス」だと思います。スキルがある人はここそこから出てくるのですが、なかなか育てられない。商社は、常に貴重な経営人材が育つという意味で、「人材が育つ器」になるのではないかと思います。また、センスは開発可能ですが、標準的な方法はありません。従って、育つ土壌が必要ですが、その土壌はどうあるべきかを考えるときに、商社は相当重要な要素を満たしていると思います。つまり、商社は若いころから小さい単位で物事を丸ごと任せています。そして、経験を積み重ねていく中で既視感というか、「いつか見たもの」という意味でセンスが磨かれるので、単位が大きくなってもそういう仕事ができるのではないかというのが私の推測です。
飯田 五百旗頭さんのお話の中で総合商社のROE意識の変化や、意識の向上のお話がありました。今はもっとROEを上げよう、もっと収益を挙げようという流れになっていますが、変化しているのは商社だけでしょうか。それとも日本全体でしょうか。変化するきっかけは、どのようなものでしょうか。
五百旗頭 日本全体としてROEを上げようという動きが出てきています。商社業界ではこの2−3年、株式投資家と商社経営者の対話の中で、「少し前までは資源価格高騰でROEが高かったが、資源価格が下がってきてROEも下がってきた中でどうするのか(商社経営陣も何か手を打つべきでは)」という話が非常に多く出ていました。われわれからすると、2014年に入って今やらなければいけないというタイミングで三井物産と三菱商事が自社株買いを行ってくれたお陰で市場が盛り上がりました。ただ、おそらく、2015年以降の市場は自社株買いには飽きてしまって、次の成長戦略の話になっていくと思います。そのときには、先ほど商社は「中途半端な投資会社」と言いましたが、やはり投資で稼いでいくしかないと思います。トレードはベースとしてありますし、バリューチェーンの機能は当然必要だと思いますが、どこで利益を伸ばしていくのかというとやはり投資です。そこを伸ばすためにどうしたらよいかという点で、今の楠木さんのお話は非常によく分かります。まさに商社は投資リターンを上げるために経営者人材をもっとつくって、それをもっと生かさないといけないと思います。
楠木 確かに「中途半端な投資会社」であるということは分かりますが、私は中途半端な投資会社の道を半端なく究めていくことが商社の行くべき道ではないかと思います。つまり、純粋な投資会社は世の中にたくさんあるわけで、手練手管で昔からいろいろなことをやっています。そこには競争があるので、確かに中途半端であるが、その立ち位置をポジティブに捉えていくところに商社の独自性があるのではないかと思います。投資にせよ、事業にせよ、他の人がそう簡単に分からないことを分かっているからもうかるのです。事業への関わり方が純粋な投資の会社と商社の投資は少し違うと思うので、確かにまだいろいろと課題はあると思いますが、ここでさらに純粋な投資会社みたいになってしまうと、身もふたもないことになりかねないのではないかと思うのですが、その辺について五百旗頭さんはどのようにお考えでしょうか。
五百旗頭 ある意味、賛成ですが、私の意見は、商社の投資を見ると、最近はトラックレコードが悪過ぎるということです。その理由は何かというと、投資なのか、トレードなのか、が明確になっておらず、中途半端になっているということです。投資をするときには投資リターンで勝負しないといけないのに、中途半端に「トレードもあるから」という逃げ道をうまく使うことを許してしまっているのではないかと思います。つまり、商社にも投資リターンの内部基準がありますが、投資をするときに、計算したら少しその基準に足りないがやはりこの投資をしたいと考えると、そのまま稟議書を上げたら社長決裁が下りないので、「実はこの案件を進めれば、この分野のトレードもできるシナジーがあるかもしれない」と、いろいろ絡めて稟議を通してしまっているところがあるのではないかと思います。投資をするときは本当に経営プロ的な厳しさを持って当たらないと、ライバルが投資会社である場合はそこに負けてしまうというのが、私の意見です。
飯田 五百旗頭さんから最近の投資におけるトラックレコードが悪過ぎるというお話もありましたし、お2人から投資会社になりきれない投資会社であるという指摘がありました。加瀬会長は、どのようにお考えですか。
加瀬 投資会社であれば商社である必要はありません。やはり事業を行うのが、商社の前提になっています。五百旗頭さんのご指摘はかなり正しくて、投資をするときにトレードが付いてくるというのは、利益相反がある場合もあります。例えば、自分たちの会社から原料を持ってきて加工すると高いものを輸入することになるかもしれないが、加工会社の事業からリターンが取れれば、どこから買っても同じなので、原料は他の安いところから購入し、事業会社からは配当の方を求める。こういうところが中途半端になってきています。最近ではかなり厳しく、トレードをしたいのか、事業投資をしたいのかを見極めています。営業担当者は必ず「こういうシナジー効果がある」と言ってきますが、基本的にはそれを取り除いて、事業体だけでみていくのが最近の商社ではないかと思っています。
楠木 バリューアップは本当に鉄則であり、商社であっても投資会社であっても、投資を行う際に最も肝になる部分だと思います。理想的なシナリオは、トレードの経験もあるので、他の人が見ることができないところを商社が見ることができて、投資としてもうまくいくことだと思います。ここの線引きがきちんとできていないので、先ほどの悪い意味でのシナジーになってしまうのだと思います。
飯田 お三方とも人材の話をされましたが、今、商社に求められているのはどのような人材でしょうか。
加瀬 商社マンそのものがグローバル人材で日本を代表してほしいという思いがあります。グローバル人材とは、自分の思い、意見、意志を外国に向かって発することができ、それをベースに交渉ができる人材だと思います。これは、海外経験も含めて、多様な文化その他を経験しながら育むこともできます。そのために、最低限の英語力は必要であり、また、英語の巧拙ではなくロジックをもってきちんと話せることが重要です。今、女性が輝く時代といわれており、多くの女性が海外で活躍しています。特に商社は、まだまだ男性中心の社会ですが、十分に女性が活躍する素地があると思っています。また、英語は勉強すれば上達しますから、能力を磨いた上で自分の考えをきちんと伝えられるようになることが重要です。子供のころから欧米のような教育を受けていると、クリアに自分の主張ができるのですが、商社の人も初めての海外赴任のときは、かなりカルチャーショックを受けます。部下であれ、上司であれ、自分の意見を出せない人はマネジメントもできません。幹部になる人は、そういうことに自然に気付いて、克服する人になろうかと思います。
楠木 よしあしは別にして、事実として日本の労働市場で最も人気があるのは商社です。商社は選べる立場を利用して、人材を徹底的に厳選していただきたいと思います。優秀な人がスキルを持っているのは当然ですから、センスを持つ潜在性があるかどうかを「顔つき」で選ぶのが一番いいと思います。
加瀬 私もそう思います。現に商社の人員配置は、多分にそういう形で行われているのではないかと思います。例えば、私も二十数年前に採用担当課長を経験しましたが、やはり相手の目や話だけではなくて、態度などから感じる情熱が判断基準になると思います。
五百旗頭 商社は、人材を十分に持っていますが、まったく生かせていないと思います。本社や海外現地法人で、相当に人材がくすぶっています。先日、日本貿易会のセミナーで幾つか提案をさせていただきましたが、その1つは本社中心に行われている想定問答集をやめることです。こういうことが得意な人は官僚になればよいのであって、商社にそういう人は不要だと思います。同じく海外現地法人も不要だと提案しました。そういったところで優秀な人材が内向きの仕事をするよりも、先ほど、楠木さんからお話があった経営センスを学べる場があるのですから、投資先や事業会社に派遣すれば人材は育つと思いますし、それができる数少ない日本企業です。その方向に向けて評価システムや投資戦略をもっと改善すべきだと思います。
飯田 最後に商社の強みと弱みを簡単に、五百旗頭さんからお願いします。
五百旗頭 強みはグローバル人材と物流、バリューチェーンといったネットワークです。逆に言うと、弱みはそれを生かしきれていないところです。それを生かすためには、トレードも投資もやるということではなく、強みを生かす形で経営トップが戦略を明確に表し、積極的に投資を行っていくことが必要なのではないかと思います。
楠木 強みは人材ネットワークと経験です。事務所には必要最小限だけを残して、残りの全員が稼ぎに出ることを優先させ、その稼いだ力を評価するシステムを取り入れていくことに尽きるのではないかと思います。
加瀬 強みはこれからの社会、経済、あるいは技術のニーズを先取りして、事業を変化させていける企業体だということです。強みと弱みは紙一重であって、総合商社の「総合」にとらわれ過ぎて総花になりかねないところがあります。また何でもやろうということで、事業性のないものに手を出してしまうことがあるので、事業性をしっかりと考えて動かなければいけない。規模を追い掛ける傾向がありますが、それが収益性の低下につながることにも留意したいと思います。それでも私は、商社は面白い業界だと思います。
飯田 よく分かりました。これで第1部を終わりたいと思います。
⇒〈3〉へ続く