商社の仕事人(18)その2

2017年05月9日

帝人フロンティア 髙橋佳佑

 

自動車の内装生地の開発に

魂を込める

 

 

意外なところで口を空けていた落とし穴

今でこそ国内外で活躍している髙橋だが、これまでのキャリアは決して順風満帆だったわけではない。それは入社3年目の夏。取り引き先との契約など、お金に関する重要なパートも任されるようになって始めの頃。ある大手自動車メーカーの内装生地に関する大口契約が舞い込んだ。

契約する際に最初に行うのは値決め。開発段階で決めた商品価格に基づいて原糸を仕入れ、生地を生産し、納品する。基本的に車のマイナーチェンジは2年ごとに行われる。ということはその間、利益率も変わらない。もちろんその車が売れれば売れるほどこちらの利益は上がる。しかし、裏を返せば、最初の値決めがうまく設定できなければ2年間ずっと利益が出ない。そればかりか、車が売れれば売れるほど損をする可能性もあるということだ。ゆえにそのスタート地点である、値決めが最重要になってくる。

その値決めの部分から初めて任された大口案件。作成した見積りを自信満々に取り引き先に提出したとき、担当者は「これは安い! 髙橋くんとこに任せるわ!」と即決した。大口の契約を見事まとめたことで、上司も「よくやった! さすが髙橋や!」と手放しで喜んだ。しかしそこに大きな落とし穴があった。

その商品の納入が始まった月末の金曜日。深夜、ひとりオフィスで、台帳をめくる髙橋の姿があった。さあて、どのくらい儲かっているんだろう。はやる気持ちを抑えつつ、担当した商品の欄を見つけたとき、全身が固まった。商品のコストが売価よりも異常に高かったからだ。利益率はマイナス15%だった。顧客に提出したのは、生地を売れば売るほど損をするという見積だったのだ。

「我が目を疑うとはまさにこのことかと。何かの間違いじゃないかと思い何度も何度も見返しましたが、やはり数字は嘘をついてはいませんでした。全身の血の気が引きましたね。それ以上何も考えられなかったので、取りあえず見なかったことにしようとその日は帰りました」

しかしその夜はほとんど眠れなかった。夢であってほしい。ただそう願うことしかできなかった。

翌土曜日もいてもたってもいられず、会社に行った。なぜ見積よりもこんなにコストが高くなっているのか。ひとりきりのオフィスでその理由を探り続けた。輸入原糸の台帳を調べたとき、見積りよりも異常に高い経費がかかっている糸を発見した。そこですべてが判明した。コストダウンのため、原糸は価格の安い東南アジアの国から輸入することにしたのだが、FTA協定を結んでいる国だから関税がかからないと思い込み、その分を仕入れ値の価格に上乗せしなかった。しかし実際は関税がかかる国だったのだ。

これだったのか……。顔面蒼白になりながらこのまま生産が進めばどのくらい損失を出すかを調べた。はじき出された数字を見た時めまいがした。これまで見たことのない、ありえない金額。ひとりの営業マンが出していい損失の域をはるかに超えていた。

「あまりのショックに思考停止状態に陥りました。1回の取引で終わる商売なら頭を下げればなんとかなりますが、2年間ずっと損をし続けるわけですからね……」

髙橋はさらにその翌日の日曜日も出社した。しかし、ただ気を紛らわすための意味のない作業を繰り返すばかりだった。そうこうするうちに日が沈んできた。いよいよ明日、会社に来てこのミスを上司に報告しなければならない。こっぴどく怒られるだろう。ああ、どのタイミングで報告するべきか……やはり昼休みか帰り際か……。そんなことを考えながら名刺整理をしているとき、1年上の先輩の顔が思い浮かんだ。その先輩は髙橋が入社当時からよく怒られていた。優等生だった髙橋とは対照的だったが、ふたりは仲がよく、仕事終わりによく飲みに行っていた。そこで先輩は髙橋によくこんなことを言っていた。

「ええか、髙橋。ミスしたときに一番大事なんはスピードや。ミスがわかった段階ですぐに上司に詳細を報告してごめんなさいと謝るんや。これがうまい怒られ方とミスの対処法のコツやで」

明日朝イチで開かれるチーム会議で報告しよう。この言葉を思い出したとき、髙橋の肚は決まった。

⇒〈その3〉へ続く

 


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