商社の仕事人(18)その3

2017年05月10日

帝人フロンティア 髙橋佳佑

 

自動車の内装生地の開発に

魂を込める

 

 

チーム一丸となってミスをフォロー

翌月曜日の朝の会議で事の次第を報告したその瞬間、場が凍りついた。数秒の静寂が過ぎ去った後、真っ青になった課長が言った。

「部長にすぐ報告せなあかんわ」

その時点で会議が打ち切られ、課長は部長の元へ走った。

そこからの動きは速かった。まず部長が顧客の元へ見積価格の交渉に向かった。同時に髙橋と課長は金沢と富山のニッターと染色工場へ急行した。生産過程のコストを可能な限り押さえるためだ。課長は髙橋のミスに関して怒りもせず冷静に、なぜこういうミスが起こったのか、再発防止のためにはどうするべきかを冷静に教え諭した。そして大阪11時発金沢行きのサンダーバードの中で髙橋にこう言った。

「値付けを間違ったことを正直に包み隠さず工場の担当者に言って、謝罪するんや。その上で、次の開発案件も御社にお願いするから、値引きしてくださいとお願いするんや。それをおまえひとりでやるんや」

「わかりました」髙橋はそう答えるしかなかった。

金沢駅に到着後、課長を残し、髙橋はひとりレンタカーで工場へ向かった。課長に言われたとおり、頭を下げて工賃の値引きをお願いした。すると工場の社長はしばしの無言のあと「しゃあない。他でもない髙橋くんの頼みや。それくらいはなんとかしたるわ」と笑顔で言った。その後回った2社の工場も同じく値引きを了承してくれた。

「本当にうれしかったですね。もし断られたらどうしようと思っていたので……。工場の社長さんたちには心の底から感謝しました」

髙橋はこう言うが、大阪から北陸の工場まで日頃から頻繁に足を運んでいたからこそだろう。やはりこういうときに物を言うのは信頼関係だ。それを髙橋は地道な努力で築いていたのだ。

3箇所の工場を回って金沢駅に戻った頃にはあたりは薄暗くなっていた。「どうやった?」と聞く課長にすべての工場に値引きを了承してもらったことを伝えた。「そうかよかったな。じゃあメシでも食いに行くか」と課長は言った。金沢駅前の居酒屋で髙橋は改めて今回のミスについて課長に詫びた。しかし課長はやさしくこう言った。

「人間である以上、失敗は必ずする。それはしゃあない。今回みたいにすぐ報告したらええねん。この先もおまえが課長になったとき、大きな判断ミスして今回以上のとんでもない損失を出す可能性もある。それを少しでもなくすために、大胆かつ慎重にこの世界を生きていくために、若い時にたくさん失敗しとかなあかんのや。そうやってみんな成長していくんや」

そして課長自身の昔の失敗談を話してくれた。俺も若い頃は大きな失敗をして客先に行って土下座したんや─。そんな課長の慰めと励ましに金曜の夜からずっと心にのしかかっていた重しが取れたような気がした。同時に熱いものがこみ上げ、髙橋の目から涙がこぼれた。

「課長のやさしさが骨身に染みました。あのとき飲んだ酒の味は一生忘れないと思います」

そもそも工場への謝罪と値引き交渉も課長自身が出ていった方が当然早くまとまる。しかし敢えて髙橋ひとりで行かせたのは、自分で犯したミスは自分1人で後始末をつけさせることで、さらなる成長を期待する。そんな課長の親心だったのだろう。

その日は金沢に泊まり、翌日朝一番のサンダーバードで大阪へと戻った。

大阪では部長と顧客の部長との「トップ会談」により2割の損失削減に成功。かくして損失は最小限度に抑えられ、赤字は回避できた。

髙橋のミスをカバーできなければ会社は莫大な損失を被る。そして髙橋自身も大きなショックを受ける。そうさせないために、ミス発覚直後から部全体で動き、髙橋を全力でフォローした。

「部長、課長をはじめ部のみなさんには本当に感謝しています。この会社に入ってよかったと心底思いました。同時に小さなミスが億単位の損失を生む。これが自分のやってる仕事なんだなと実感しました。そして月曜日の朝イチでみんなの前でミスを報告してよかったと思いました。課長ももう少し遅れていたら取り返しのつかないことになっていたと、それを一番評価してくれました。だから思い出させてくれた先輩にも感謝ですね」

⇒〈その4〉へ続く

 


関連するニュース

商社 2024年度版「好評発売中!!」

商社 2024年度版
インタビュー インターン

兼松

トラスコ中山

ユアサ商事

体験