商社の仕事人(1)その3

2019年04月8日

三井物産 田中理帆

 

子どもたちの未来を支える

「良い仕事」を目指して

 

 

求められる〝自分らしさ〟

三井物産に入社した田中が配属されたのは、食品原料第2部。海外から日本の食品メーカーに原材料を輸入する部署だった。食品関連ということで、大学での専門が活かせる分野ではあったが、実際には理系出身のアドバンテージはさほど大きくはなかったという。

「学生のときの研究も無駄にはなりませんが、そこで得た情報はすぐに古くなってしまいます。取引先の技術者の方から〝理系? 院卒? じゃあ話分かるね〟と言われたことがありますが、メリットはそれだけ。一年現場に通って話を聞けば、業界知識も身につきますし、最新情報も耳に入ってきます」

三井物産では新入社員の教育係をMMリーダー(マンツーマンリーダー)と呼び、入社当初はそのリーダーとともに取引先に向かう。だが、入社からふた月ほど経ったころ、田中はリーダーに呼び止められ、「このクライアントに行って、価格を決めてきてくれ」と言われた。さすがに驚いた田中は「私がこの商売を決めていいんですか?」と聞き返すと、リーダーはこう言った。

「それが担当者だろ。いくら1年目であっても相手から見たら三井物産の代表として対峙しているわけであり、クライアントに〝どうしましょう?〟と尋ねるのではなく、自分で仮説を立て、自分の思いをしっかりもって、〝こうしましょう〟と提案するのが商社のビジネスだよ」  また、入社から半年が過ぎようとしていたころ、今度は「そろそろ自分のカラーを出していく時期だ」とも言われた。それは必要な原材料を探したり、取引先と価格交渉をしたりするだけではなく、取引先に対して従来にない新たな提案をすることを意味していた。それが〝自分のカラー〟なのだ。そこで田中は、かねてから気になっていた物流倉庫の移転を取引先に提案することにした。というのも、その食品メーカーが従来原材料を搬入していた港の倉庫は現在、新設された工場との距離が遠くなり、陸上での物流コストが割高になっていた。そこで工場に近い港に倉庫を移設することで、コストダウンをしようというのだ。取引先の問題点を洗い出し、改革を促したこの提案はさっそくその取引先に採用されることになった。

このほか、田中はある食品メーカーの中国・上海でのシュークリームチェーンの新規出店にも携わった。原材料の輸入を行っていた田中が、メーカーの担当者から中国出店の意向を聞き出し、出店までの事細かなロードマップを作成し、実際に現地で出店や物流の手配までしたのである。

金額交渉に始まり、倉庫の移設、海外でのチェーン展開と、新入社員ながら次々とビジネスを創出する田中。しかし、こうしたビジネスの現場で、田中は改めて三井物産のすごさを実感することになる。

「新入社員が金額交渉できるのも、先輩たちが築いてきた信頼関係の上に成り立つものですし、取引先の担当者もその交渉を行うことで私を育てようとしてくれます。倉庫移転を提案できたのも社内の物流部門との連携があったおかげです。シュークリーム店のチェーン展開では、上海支店に出店場所のベストな選定をお願いできましたし、真夏でも平気で要冷蔵の荷物を路上で積み替えてしまうような、中国物流における注意点など、貴重な生情報を教えてもらったので未然に事故を防止することもできました。これらはすべて私の力などではなく、三井物産の伝統と総合力がなければできない仕事だと思います」

また、商社ビジネスの根幹についても、最初の1年間で田中はみっちり叩き込まれた。

「先輩たちが作り上げた既存のビジネスに乗っかっているだけでは、やがて商社は不要となってしまいます。限りなく、とことん相手のニーズに応える。さらに相手も気づかないニーズを見つけ、新しいビジネスを作り出す。毎日、先輩からは口酸っぱく言われてきましたが、そうした商社の存在意義をまさに身をもって知った1年でした」

⇒〈その4〉へ続く

 


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