商社の仕事人(1)その1

2019年04月8日

三井物産 田中理帆

 

子どもたちの未来を支える

「良い仕事」を目指して

 

 

【略歴】
1979年東京生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科卒。2004年、三井物産に入社。

 

羽田発の夜間飛行

深夜の羽田空港―――。

閑散とした国際線出発ロビーを、キャリーバッグを引いて小走りに搭乗ゲートへ向かう女性の姿があった。三井物産メディカル・ヘルスケア事業第2部のマネージャー、田中理帆である。

「お急ぎください!」

グランドスタッフに促されるままに田中はゲートを通り抜け、ボーディングブリッジからキャビンアテンダントが待ち構える機内へと駆け込む。田中が座席につくやいなや、機体はブリッジを離れ、滑走路へと向かって動き始めた。

「間に合った…」

ひとつ大きく深呼吸をして、安堵の表情を浮かべる田中。彼女は翌朝シンガポールで行われる、アジア市場における新たな医薬品ビジネスの商談に出席しなければならなかった。そのため、羽田を深夜に発ち、翌日早朝シンガポールに到着する便に乗ったのである。

最近、多忙を極めるビジネスマンたちに頻繁に利用されるのが、この羽田発の深夜便。だが、田中がこの便を利用するのには単なる仕事の忙しさとは別の理由もあった。それは子育てである。5歳の男の子と1歳半の女の子の母親でもある田中には、産休明けから数年は定時退社を基本とする人事制度が適用されていた。しかし、地球規模でビジネスを展開する三井物産において、その期間中に海外出張する必要が生じることもある。そうした場合、仕事と家庭を効率よく両立させようとすると、昼間のフライトより深夜便を利用したほうが海外での宿泊数を減らし、子どもたちと一緒にいる時間を多く持つことができるのである。

ただ、その反面、深夜便を利用するためには、夕食を一緒に食べた子どもたちを寝かしつけてからでないと家を出ることができない。もちろん夫や両親も積極的に家事や育児に協力してくれてはいるのだが、やはり母親にしか与えられない愛情もある。田中は子どもたちが眠りにつくまでずっと傍らに寄り添う。そして、目を覚ました子どもたちが泣き出さないように、田中は海外出張についても話しておくという。

「隣にいたはずの母親が目覚めると家にいない。幼い子どもにとってその心細さは想像以上のものだと思います。ですから、私は自分の仕事の内容を子どもにできるだけ分かりやすく語りかけ、その仕事がいかに世の中に役に立つのかについてまで話します。そして〝ママは一緒にいたいけど、飛行機に乗って、その仕事をしに行かないといけないの。ごめんね〟と謝ります。話を聞いた瞬間、子どもたちはとても寂しそうな表情をします。その顔を見るのは本当につらいのですが、必ず〝ママ、お仕事頑張ってね〟と言ってくれるんです。どこまで私の話を理解しているのかは分かりません。たぶん無理して言ってくれているのでしょうね。でも、そのひと言が私の背中を力強く押してくれます」

シンガポール出張に向かうその夜も、田中は子どもたちが口にしたそのひと言に後押しされ、ぎりぎりまで家で子どもたちの寝顔を見てから空港へやってきた。子どもと離れるのが寂しいのは田中も同じ。このまま子どもたちと一緒に眠れたらどれだけいいだろうと何度も思った。だが、田中には、やりたい、やらなければならない、そう心に決めたことがあった。

⇒〈その2〉へ続く

 


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