商社の仕事人(1)その2

2019年04月8日

三井物産 田中理帆

 

子どもたちの未来を支える

「良い仕事」を目指して

 

 

〝外の世界〟の現実

東京に生まれ、中高一貫の名門女子校から東京大学へと進んだ田中は、自ら「恵まれた環境で育った」と言う。それは同級生や先輩後輩たちも同様だった。田中にとってその環境は楽しく居心地がいい反面、時にはもの足らなさとともに違和感さえ抱くことがあった。そのため、アルバイトも割のいい家庭教師ではなく、居酒屋の店員など、同世代の学生がよく働くところを求めた。

「外の世界を見てみたい。そんな欲求を当時、とても強く感じていたんです」

その思いはアルバイトだけに留まらなかった。仲の良い女友達とともに、夏や春の長期休暇ごとにカンボジア、インドネシア、中国などアジア各地をバックパッカーとして歩き回った。そんな田中が外の世界で目にした光景は、あまりにも強烈だった。特に中国の奥地に行ったときのこと、各家庭から出てくる残飯をリヤカーで集めて回っている人を見た。日本の常識から言えば、他人の食べ残しは〝ゴミ〟でしかない。だが、そのゴミを集め、市場で売っている。しかもそれを買って、貪る人たちが大勢いる。

「衝撃を受けました。今この時代に、こんな生活をしている人たちがいるのか、と。でもそこに住む人たちにとってはごく日常の風景なわけです。生きるためには食べるしかないのですから」

そう語る田中は大学3年時に農学部を選択。大学院まで進む。大学院で選んだ研究テーマは、人間が生きていくうえで必需品である食品の保存・加工技術。

「冷凍保存された食品の細胞や分子の状態や解凍時の品質の変化といった工学的かつ生物学的な側面とともに、おいしさという測定の難しいデータの解析などを行う研究でした」

田中は2年間どっぷりと研究漬けの日々を送った。そして修士を終えていよいよ就活の季節を迎える。

 

後悔しないシゴト選び

田中は自らの人生について、結婚や出産、育児なども経験したいし、仕事もずっと続けていきたい、そう考えていた。それは女性としてごく自然な、そしてささやかな望みだ。その点から考えると、大学院時代に共同研究を行った、日本を代表する大手食品メーカーなどで研究員となるのが良かったのかもしれない。父親も、大学院まで進んだのだから専門を極めてその道のプロになったらどうだとアドバイスした。しかし、外の世界を知った田中は、漠然とではあったが、自分に与えられたある種の使命を感じていた。それは〝国と国をつなぐ〟というものだった。

「就職活動の初期は、日本から発展途上国への技術移転に興味がありました。食品加工技術をはじめ、日本には世界にまだ知られていないすぐれた技術がたくさんあります。それを世界の標準にし、さらに発展途上国に技術移転を行うというものです。しかし、就活を進めていく中で、そんな一方通行の技術移転では、私が見てきた外の世界の問題は何ら解決しないのではないと思うようになりました。そこで、海外のいいものもどんどん日本に取り入れ、もう少し相互通行できるようなことをしたいと思うようになったのです。それが、国と国をつなぐ、という意味です」

発展途上国への援助に関してはJICAなど政府系の機関が有名だ。多くの発展途上国にあまねく行き渡らせるという意味では、ODAによる援助は必要不可欠である。ただ、それがやりたいかと問われると、田中の答えはノーだった。援助という一方的かつ一過性のものではなく、持続的かつ発展的な取り組みを行いたかった。海外援助のプロジェクトのコンサルティングを請け負う企業もあったが、田中は、単なるアドバイスだけではなく、自分が決定し、自分が当事者として現場に出たいという思いを強く抱いていた。そこで就職先として浮上したのが、総合商社。なかでも三井物産だった。

「無限のフィールドがあるのが三井物産の魅力でした。ただし、決して〝無限のフィールド〟という現場が三井物産の中に用意されているのではなく、社員一人ひとりがそれぞれ夢を追いかけ、まだ見えないフィールドを現実世界に生み出していくということです。実際、OB訪問をしたとき、こんな話を聞きました。三井物産では〝やりたい、やりたい〟と言い続けていたら、10年後、ちゃんとその仕事をすることができるよ、と(笑)。もちろん、駄々っ子のようにただ主張するわけではなく、個人個人が自分の思いをもって準備し提案したうえで、認められれば仕事を創造することができるということです。そういう強い個の集合体って面白いなと思いました」

三井物産にある無限のフィールド――。それは田中が求めていた、すばらしい技術を見つけたときに、日本から世界へ、そして世界から日本へ伝えていくこともできる環境。つまり〝国と国をつなぐ〟ことを可能にするフィールドだった。無論、三井物産は営利企業であり、経済合理性がないと続けることはできない。また、商社のプロジェクトは恩恵を受ける人の範囲が限定される面もある。しかし、そのほうが、与えるだけ、与えられるだけの関係より、はるかに多くの実りを、しかも永続的に人々が享受する可能性が高いと田中は考えた。そして、その結果として残飯を食べている貧しい人々の数が少しでも減ることになれば言うことはない。

こうして田中は三井物産への入社を決めた。

「正直に言えば、世界を相手にする商社ビジネスの最前線で、本当にやっていけるのか不安でした。商社勤めの父からは、女性が男性と伍してやっていけないぎりぎりの局面もあるし、悔しい思いもするかもしれないと最後の最後まで言われました。でも結局、三井物産を選びました。結婚して子どもを生んで仕事を続けたいから…という〝条件〟で決めるのではなく、そのときに〝やりたいこと〟で職業を選ばないと必ず後悔する、そう思ったからです」

⇒〈その3〉へ続く

 


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