商社の仕事人(58)その1

2018年06月11日

第一実業 原田 剛

 

激動の東南アジア市場で大活躍、

新ビジネスの構築に挑む

 

 

【略歴】
原田 剛(はらだ・たけし)
1975年、東京都生まれ。早稲田大学法学部卒。1998年入社。

 

英語もできず、貿易実務も知らないままにシンガポールへ

「本当に、来ちゃったよ」

シンガポール・チャンギ国際空港に降り立った原田剛は、思わずそうつぶやいた。転勤を言い渡されてまだ2週間も経っていない。日本から3300キロも離れた外国にいる自分が信じられなかった。

――――数週間前である。

「原田、お前シンガポールに行ってもらうから」

事業本部長に呼ばれて、原田はこう切り出された。

「えっ、いつからですか」

「できるだけ早く」

「無理です」と言うことはできたが、入社時本社にて世話になった現シンガポール支店長から事業本部長への直々の依頼であることはすぐにわかった。入社してすぐ、その上司の後について得意先を回り、仕事のいろはを教えてもらった。その後後任として、十分責務を果たしているという自負はあった。入社4年目、得意先を持って仕事もおもしろくなりかけていた。その矢先の転勤である。

ともかく支店長にまず掛け合ってみよう、そう思ってシンガポールに電話をかけた。

「あと10日程しかないんです。引き継ぎだって、間に合いそうもないんですが…」

「そんなことはいいから、とりあえずゴルフバッグを買って、すぐこっちへ来い!」

支店長は、笑いながらそう言った。信頼している人のその言葉で、原田の気持ちは固まった。

英語ができないことも、貿易実務ができないことも問題ではない。必要とされているところに駆けつける、ただそれだけだった。

「原田くーん!!」

人でごった返す空港のロビーからの呼びかけに、原田は我に帰った。

短パンですっかり日焼けした一団から声がかかった。まるでゴルフ帰りの様相だ。自己紹介もそこそこに「さあて、それじゃ、これからちょっと飲みに行くぞ!」と気勢を上げる。

先輩たちは、有無を言わさず、空港からまっすぐに原田を行きつけの飲み屋に連れて行った。英語のできない原田は大人しくしているしかないが、皆が新しい仲間の到着を店をあげて歓迎してくれた。その後、原田は英語の勉強をしながら現地企業のいろんな人たちとの付き合いを広げるために、たびたびその飲み屋に連れて行かれることになる。見かけによらずシャイな男である原田は、それが本当は苦手だったが、次第に気後れせずに英語で話せるようになっていく。また、そうした付き合いの中から、ビジネスも広がっていくことになるのである。原田は〝実戦型〟である。

「そんな感じでしたから、私の駐在員としての生活は、夢見心地の中で始まったようなものでした」

もちろん、そんな夢見心地がいつまでも続くわけはなかった。

⇒〈その2〉へ続く

 


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