商社の仕事人(59)その2

2018年06月26日

蝶理 高山昌樹

 

日本製品にこだわり、

ブラジルでのビジネス拡大に挑む

 

 

繊維から機械へ、FA宣言により異動を実現

「僕は、何処へ行っても、わりと簡単に適応することができるのですが、ブラジルは特別自分に合ってるような気がします。ブラジルに行くと、自分のホームグラウンドに帰って来たような気がするんです」

高山にはブラジルに対する特別強い思い入れがある。ブラジルと関わるそもそものきっかけになった現部署への異動のチャンスを、自分の手で掴み取ったからだ。

それは入社3年目のことだった。高山は、衣料資材課に所属していた。大阪でメンズ衣料に使用される生地を問屋に販売する営業を担当していた。入社1年目は、東京で同じ営業をしていたが、メインの顧客が大阪に多かったので、一旦は撤退していた大阪に再進出することになったのだ。それで、誰が大阪に行くかということになり、白羽の矢が立ったのが高山だった。入社2年目のことである。

「高山君、どうだい、大阪に行ってみるか」

部長のその一声で決まりだった。高山にも、大阪に行くことには何の抵抗もなかったし、行くからにはトコトンやってやろうと密かに誓ってさえいた。次の日から、大阪での営業活動が始まったが、それは東京での活動とはまるで違うものだった。自転車で大阪市内の顧客を回る、まるで御用聞きのような実に泥臭い営業だったのだ。学生の時にイメージしていた、商社マンの華やかさやスマートさなどは微塵もない。しかし、そんな地道な営業を、じきに楽しめるようになっていった。高山の適応性はここでも発揮されるのだ。

「僕はもともと泥臭い商売が好きでしたから、そんな風にして汗水垂らして働くのも、それはそれでOKかなと思いました。で、実際にやってみると、大阪のお客様は値段を含めた交渉が非常に厳しくて、挨拶がすむとすぐに、『で、いくらにするの?』という感じになるんです。慣れるまでは確かに大変でしたが、今になってみると、それが僕にとっては非常にいい勉強になったと思います。今の仕事を楽しんでできているのも、1年間、そうやって大阪のお客様に育ててもらったからこそです」

しかし、当時の高山は、商社に入社したからには海外で商売をしたいという強い思いも捨て切れずにいた。そんなある日、現部署で人材を社内公募していることを知った。社内FA制度というものがあって、自分がそれに応募する形でFA宣言すれば、部署を異動できるのだ。しかも、高山が大学で専攻したスペイン語が応募条件の一つになっていた。「これだ!」と高山は思った。まさに千載一遇のチャンスだった。海外で商売をすることができるぞと思うと、興奮が鎮まらなかった。だが、すぐに喜び勇んでFAを宣言することはできなかった。躊躇いがあったのだ。

「当時は景気が良かったので、どの部署も喉から手が出るほど人が欲しいという状況でしたから、FA宣言をすることは前の部署に対して裏切り行為をすることのように思えたんです。だからいろいろ悩みはしましたが、今の部署で実績を作れば、前の仲間も『ああ、異動してよかったな』と思ってくれるに違いないと考えて、FA宣言をしました。僕の自分勝手な行動は周りには波紋を呼びましたが、最後は上司も『君ならどこでも活躍できる、頑張れよ』と言って快く送り出してくれました」

つらい決断ではあったが、こうして高山は新天地へと踏み出すことになった。26歳の時のことである。蝶理では、栄えある社内FA制度の第1号でもあった。高山は背中に大きなプレッシャーも感ぜずにはいられなかった。

⇒〈その3〉へ続く

 


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