商社の仕事人(61)その4

2018年08月9日

日立ハイテクノロジーズ 相内尋也

 

日本の携帯電話の

アメリカ市場への普及に全力投球

 

 

何事も勉強と思うからこそ、苦労が血肉となる

振り返ってみれば、相内は入社以来、数え切れないほど悔しい思いをして来た。しかもそれは、入社間もなく配属されたブロードバンド製品を扱う部署、まさにその第1日目から始まったのだった。

「相内君、すまんが、ここに電話をしておいてくれ」

思いも掛けない上司からの命令だった。何のことやらわからなかったが、相内には、「はい!」という返事しか思い浮かばなかった。相内は、ヨーロッパ市場に向けて台湾のベンダーのブロードバンド製品を拡販する業務を担当することになっており、上司の命令は、そのベンダーに電話でコンタクトを取るようにということだったのだ。しかし、英語は得意でないし、何をどう話したらいいのかもわからない。相内の脳裏を瞬間的に、これは新人を試しているのかな、という疑いがかすめさえした。だが、相内は決して逃げなかった。

「知っている単語を寄せ集めて、想定問答集みたいなものを作り、何度もシミュレーションして、電話を掛けるには掛けました。ところが、案の定、さっぱり聞き取れません。何をやっているのだろうと、自己嫌悪になりました」

しかし、その悔しさが相内の負けじ魂を目覚めさせた。英語をはじめ、交渉の仕方や契約書や提案書の書き方などビジネスの基本について、寸暇を惜しんで自ら勉強した。

その後、携帯電話を扱う部署に異動になった。開発サポートの業務を担当することになると、アプリケーションソフトなどに関する技術的な知識をほとんど持ち合わせていない相内は、そこでも仕入先のエンジニアとのやり取りの中で、自分なりに一つひとつ勉強して行った。これもゼロからのスタートであったが、決して苦痛ではなかった。

「私は、若いうちは、何でも勉強だと割り切っていましたから、どんな事にもそのつもりで取り組みましたし、これまでよい勉強をさせてもらったと思っています。多分、みんながそうしてビジネスに必要な知識などを一つひとつ身に付けていくのだろうと思います」

これまで相内は一貫して、海外の市場に向けて製品を拡販していく業務に携わってきた。国内の企業を相手にするのと海外の企業を相手にするのでは、同じビジネスであっても習慣が違うことも多い。何よりも考え方が違うことも多い。相内は、そういうことも実践の中から身につけていった。

「日本人同士だと、阿吽の呼吸みたいなものがあって、何も言わなくても通じるところがありますが、海外の人たちにはそれは全く通じません。ロジックとロジックの戦いです。彼らは多分、ある意味で無駄なことはしたくないのだろうと思います。グローバルにビジネスを展開していくためには、事実を積み重ねて、それを論理的に説明する能力がすごく大事になると思います。その意味では、日本人同士で話す時よりもはるかに神経を使います」

相内は1年間アメリカで生活してみて、こんな違いにも驚かされた。アメリカでは何でも簡単に返品できる。もちろん、携帯電話も例外ではない。

「アメリカでは、どんな商品でも初めて使ってみた時に、『駄目だな、これは』と思われてしまったら、全部返品されてしまいます。そういう文化にも十分注意してかからないといけないなと思いました」

一つひとつの苦労が、間違いなくその人の血肉になるというのは、永遠に変わることのない真実のようだ。初めてのアメリカでのビジネスは必ずしも成功したわけではないが、未知の場所での多くの困難に正面から取り組んできたという自負はある。そういう不器用さは相内の性分でもあるが、ビジネスパーソンとしての力量を大きく広げたことは事実だ。もしかしたら配属初日にいきなり電話を命じた上司の真意は、日々の業務にどういう心構えで取り組むべきか、ということに気付かせようとしてくれたのではないだろうか、と相内は今になって思う。

⇒〈その5〉へ続く

 


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