商社の仕事人(67)その1

2018年10月29日

岩谷産業 河村恵美可

 

その“直感力”が

未来を創るエネルギーになる!

 

 

【略歴】
河村恵美可(かわむら・えみか)
1987年、大阪生まれ。上智大学比較文化学部卒。2009年入社。

 

「中国」という新しいフィールド

中国鉄路高速(China Railway High-speed)の頭文字から名付けられた中国版新幹線「CRH」―。

2007年に開通し、経済成長を続ける中国の広大な大地を、発展著しい沿岸部は南北に、また、その沿岸部と開発が進む内陸部を東西に結ぶ大動脈として、今では欠かすことのできない交通手段となっている。

2013年の晩秋、そのCRHの発着駅の1つである上海火車站(上海駅)の新幹線ホームに、南京方面へ向かう列車を待つ1人の女性の姿があった。岩谷産業の現地法人・上海岩谷有限公司に所属する河村恵美可である。

「仕様書はある、見積書もある、契約書もある、名刺は持ったし……」

河村は自分を落ち着かせるように、何度もつぶやきながら鞄を開けては確認する。

この日の河村はいつになく緊張していた。というのも、これから向かう先は、フィルム貼り付け用粘着材やコピー機などで使用される現像材分野において、トップシェアを持つ日系企業で、河村が上海に赴任してから自ら初めて関係を構築し、1年半以上もかけてコツコツと提案を繰り返してきた非常に思い入れの強い会社だった。しかも、河村が行ったその提案とは、新たな生産工場を建設中のその日系企業に、産業ガス供給設備を設置し、産業ガスを恒常的に納入するという、非常に規模の大きいビジネスだったのである。

河村はこう言う。

「すべてとは言いませんが、中国における産業ガスは、酸素用ボンベに窒素が充填されていたり、ボンベが長い間放置されていたりするものもあり、危険を伴う商材にも関わらず扱いがよいとは言えません。しかし岩谷産業の産業ガスは、中国国内の自社工場で製造しているので安定した供給サービスが提供できるのです。そういう面で私たち営業は自信を持って新規開拓を進めることができますし、取引先には絶対の安心感をお届けすることができます。また、売って終わりのビジネスとは異なり、一度納入すると継続的に使って頂くことになるため普段から誠意を持って取り組み、顧客企業のニーズや問題点に対しても先回りして提案するように心がけています。それは岩谷産業の特徴であり、伝統、社風だと思います」

「Iwatani」という英字のロゴマークで知られる岩谷産業は、家庭燃料を薪から使い勝手のいい家庭用プロパンガスに変えた「台所革命」や、熱々の鍋や鉄板焼きを家族で手軽に楽しめる卓上カセットこんろを世に送り出すなど、いわば“国民的な企業”とも呼べる存在である。また近年、CO2をまったく排出しない“究極のクリーンエネルギー”として注目を浴びる「水素」に関しては先駆的な役割を果たし、CO2排出ゼロのエコカー「燃料電池自動車」用の水素ステーションの設置も行っている。そんな清廉なイメージのある岩谷産業の出自は、1930年、大阪で営業を始めた、酸素やカーバイトといった溶接材料を扱う個人商店へと遡る。この溶接材料ビジネスは創業時から今日まで脈々と続き、さらに時代とともに酸素・窒素・アルゴンなどの空気分離ガス、ヘリウム、炭酸ガス、半導体材料ガスなど各種産業ガスや関連機械設備を扱う大きなビジネスへと発展。戦後の日本復興から高度成長、現在のグローバル展開に至るまで、日本企業の成長を陰日向なく支え続けてきた。そしてそこには、創業者・岩谷直治が幼いころ学んだダーウィンの『進化論』から着想した経営理念「世の中に必要な人間となれ、世の中に必要なものこそ栄える」を実践する社員たちがいることも事実だ。上海岩谷有限公司で産業ガスの営業を始めた河村も、この理念を胸に抱き、中国へ進出する日系企業のニーズを汲んだ提案を続け、この日、それがようやく結実の時を迎えようとしていた。

 

トゥルルルルッ…。

発車を告げる電子チャイムがホームに鳴り響く。

「ハーモニー」を意味する「和諧号」と名付けられたCRHは、河村を乗せるとなめらかに走り出した。しばらくすると、車窓には、全長6300キロを誇る長江の下流、別名・揚子江流域の江蘇省の大地が広がる。蘇州や南京といった古都を抱える江蘇省は、始皇帝が中国統一を果たす紀元前の春秋戦国の頃から、多くの国々が興っては覇を競った肥沃な土地である。この1年半、河村が数えきれないほど見てきたこの景色を、CRH「和諧号」は時速300キロであっという間に駆け抜けていく。

「よし、これで大丈夫!」

到着までのわずかな時間で見返していたすべての資料を、河村はぱたっと閉じた。多くの人々の期待を背負って上海へとやってきた河村。彼女がその期待に応える瞬間が刻々と迫っていた。

⇒〈その2〉へ続く

 


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