商社の仕事人(67)その2

2018年10月30日

岩谷産業 河村恵美可

 

その“直感力”が

未来を創るエネルギーになる!

 

 

だからこそ“チャンス”がある!

大阪に生まれ、小学校時代をニューヨークとシカゴで育った河村は、帰国後、日本の中学・高校を卒業した後、上智大学比較文化学部(現・国際教養学部)の政治学科へと進む。

「在米期間は、現地校で学んでいたので、子供心にも自己主張の重要性を感じましたし、先生も個々の良さを伸ばそうというスタイルでした。しかし日本では授業の方法も違う上に、机も一列に並べて話を聞いて、みんなの意見に合わせないといけない(笑)。そのためか、大学進学時には、幼いころのアメリカの環境に戻りたいという意識があって、海外の人たちがたくさんいる上智大学の比較文化学部を選んだんです」

日本におけるグローバル型人材育成の先駆的学部として、設立以来、半世紀以上にわたってリベラル・アーツ教育を英語で実践してきた上智大学の比較文化学部。ここで4年間、河村は勉強に没頭しつつも、帰国子女や外国人など、多様性に富む学生たちと日常的に文化や政治・国際情勢に関する話題でディスカッションを行い、視野や思考の幅を広げたという。そして就職については、「新卒で1回就職してみよう」という軽い気持ちで活動を始め、ふとしたことから岩谷産業と出会う。

「アメリカ時代に周りに住んでいた友達のお父さんが商社の方が多かったので、漠然と商社だったら海外の仕事に携われるかなと思った程度です。それで、何かのパンフレットに岩谷産業のことが書いてあり、一応行ってみた(笑)。そんな感じですね。水素事業には少し興味がありましたが、正直言って、企業理念は知りませんでしたし、事前に調べて固定観念を作って動けなくなるよりも、とりあえず飛び込んで自分の目と耳で確かめるほうがいい。つまり、自分で感じることを大事にしたいなと思っていたのです」

だが、セミナーを受けた河村の心は、一気に岩谷産業に引き寄せられる。他の大手商社も回ってみたが、いかにも堅苦しい日本企業の雰囲気に満ちていて、とても行く気にはなれなかった。ところが、岩谷産業のセミナーで出会った社員は、自然体でコミュニケーションがとれたという。また面接でも自分を飾らず、つくらず、ありのままの自分を出せた。

「“あ、私はここで働くな”という直感が働いたんです。そんな自分の直感を信じて入社を決めました(笑)」

しかし決して楽な会社だと思っていなかったと河村は言う。というのも女性総合職が働きやすい環境や、充実した制度が整備されつつあったが、女性総合職社員の数は多いとは言えなかったからだ。

「この会社は良くも悪くも生真面目なんです(笑)。入社するまで“うちはまだ女性総合職は多くないから”と申し訳なさそうに伝えてくれました。そのような環境の中で働くことは厳しいとは思いましたが、女性総合職にも海外駐在ができるチャンスや若いうちから裁量の大きい仕事が任されるという話を聞いて、入社を決めたんです」

創業以来、「世の中に必要なものこそ栄える」という理念のもと、真摯にビジネスを続け、社会に対して様々なイノベーションを起してきた岩谷産業。同社は今、時代のニーズを捉え“女性活躍”時代に正面から向き合い、社内環境を着々と整えつつある。こうして2009年4月、河村は岩谷産業に入社する。

⇒〈その3〉へ続く

 


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