世界中から
最適の機械設備を集める
大学院卒の商社パーソン
期限は今夜中なのにメーカーの担当者が帰ってしまった
ライン稼働までの期限は半年間だ。メーカーやユーザーと打ち合わせをしたあとは必ずその内容を議事録に記し、取引先の確認のサインをもらう。後々になって話に食い違いが生じないように記録を残すためだ。ところが社内に持ち帰ると「こんなことができるのか、知らないぞ」と先輩からチェックが入る。
山本は大学で修士課程まで出ているので、機械の性能についての知識は持っている。しかし現場でどんなことが起きるかまではまだよく分からない。生産ラインを組み立てる過程では、メーカーごとに機械の仕様の違いもあり、機械同士の連携がうまくいかないのはよくあることだ。たとえば設備の位置取りができない、加工のタイミングが合わなくて加工品がスムーズに流れていかないといった問題が起きる。それを解決するのがどれぐらい大変かを、山本は思い知ることになった。
「ある機械メーカーは後工程の機械のせいだと言うし、後工程の機械メーカーに聞くと、それは前工程でやっておくことだろうと言う。そして自分たちは岡谷鋼機に売ったのだから、なんとか調整してくれと言われる」
今にして思えば確かにそこが商社の腕の見せどころなのだが、当時の山本はまだどっちの言い分が正しいのかも分からず、板挟みになって苦しんだ。早く一人立ちしないといけないとは思っても、気持ちがあせるばかりで調整する役目を果たせない。ついにある日、不具合を残したまま機械メーカーの担当者が帰ってしまった。
「俺は機械を置いていけばいいだけだから、あとはよろしく」
口だけでなく、本当にいなくなってしまった。次の日の朝までに加工品が流れるようにしないと、ラインの立ち上げに間に合わない。「困ったときはいつでも相談しろ」と言われていた山本は、必死に先輩に電話をかけ状況を説明した。「分かった。そこにいろ」。30分後に折り返し連絡があり、その機械につなぐベルトコンベアの業者を連れてきてくれた。
「先輩が業者と来てくれた時は、うれしさでその場にへたり込むほどでした。自分が直接その業者に頼んでもだめだったでしょうね。人とのつながりや信頼関係の大事さをそのときに実感しました。こんなことの繰り返しで、きつかったです。かなり痩せて、大丈夫かと社内で心配されましたが、今振り返るとやらせてもらえてありがたかったです。この経験からできることとできないことのボーダーラインが分かるようになり、打ち合わせでも発言できるようになりました。結果的には問題があっても解決していくことができたので、山本に任せてもいいのかなと思ってもらえたようです」
半年後に、岡谷鋼機刈谷支店はその会社からライン立ち上げに尽力したとして表彰を受けた。そして山本には「また次の話もあるからね、よろしく頼むよ」と声がかかった。
⇒その3「ドイツのものづくり現場で衝撃を受ける」
⇒岡谷鋼機