商社の仕事人(74)その3

2019年05月22日

岡谷鋼機 山本征司

 

世界中から

最適の機械設備を集める

大学院卒の商社パーソン

 

ドイツのものづくり現場で衝撃を受ける

このラインの仕事が終わり、入社2年目になると、トランスミッションメーカーのビッグユーザーを一人で担当することになった。このユーザーは自動車メーカーに直接納入する一次サプライヤーである。今度は会社の規模が大きいだけに、取引額が大きく、手続きや処理作業などの仕事量が多くて大変だった。ただこのクラスの企業になると多様な製品を製造していて、今までの市場にはなかったものも作るので、以前は研究開発職を目指していた山本にとっては、そういう話ができるおもしろさも感じた。

「トランスミッションを鉄以外の金属で作ったり、炭素繊維を採用して軽量化を図るというので、岡谷鋼機の特殊鋼や非鉄金属の部隊の担当者も連れて行きました。その中でビジネスとして成立した話もあります。まずはラインの設備を経験し、次は岡谷鋼機全体で提供するサービスを考える仕事を任せてくれたのは貴重な経験になりました」

次の年には新人が2人配属され、山本は仕事を教える側になり、自身の仕事は海外出張に行く機会が多くなるなど、益々業務の範囲は拡大した。初めての長期滞在先はドイツで、山本はここで機械や生産方式についての見方が根本的に覆されるほどの衝撃を受けることになる。

出張の目的は、ドイツの機械設備メーカーの調査と新しい仕入先の開拓だった。だが実際に目にしたドイツの生産ラインは、日本とまったく違っていた。

「ひとことで言えば、それまでは井の中の蛙でした。まず機械が圧倒的に大きい。自分は2メートル四方のサイズでも十分大きな設備と思っていましたが、そんなのは小さい設備だよ、航空機の部品の加工とかで20メートル四方あるようなものを大きい設備と言うんだよと聞かされました。また日本は大量生産を念頭に置くので効率重視となり、量産しやすいように工程を分割する傾向が強く、ラインの工程数が多くなります。それに対してドイツはひとつの加工機なり設備で全工程を行うのが基本で、せいぜい2工程までで仕上げてしまいます。生産技術の考え方がまったく違うのです。そのためドイツの設備は構成部品や機能が多く、仕上げの精度も圧倒的に高いのです」

今までは、国内の生産設備にしか目が行っていなかったが、世界に目を向ければ良いものがたくさんある。そこから工場ごとに、またラインごとに最適なものを選び組み合わせればいい。たとえば難しい加工にはヨーロッパ製を入れて、簡単なものはコスト重視で台湾製を調達する。ドイツで受けた衝撃は、山本の視野を大きく広げ日本製にこだわらずに現地製品や第三国製品も取り込んだ最適調達を積極的に進めるきっかけとなった。

 

日本の機械設備だけにこだわらない

海外に出るたびに目からウロコが落ちる思いをする。出張ではなく、一日でも早く海外駐在しなければ──。山本はこんなあせりにも似た気持ちを抱くようになっていた。

世界は広いのに、何も知らない。やっているのは岡谷鋼機の中でも機械設備の一部で、特殊鋼部門や鉄鋼部門などほかの部門の人は色々なことをよく知っているし、自分が行ったことのない取引先にもたくさん行っている。自分には本当に人に語れるだけのものがあるのか。もっと色々なことを知らなければいけない。これから製造業が目指すべき方向や、海外生産、海外拠点の現状を知らないとやっていけない……山本は必死だった。

こうした思いを山本は紙に書き出し、上司に見せて海外駐在を志願した。

しばらくして、上司から「タイでもよければ、行くか?」と打診があった。山本は二つ返事で「行きます」と答えたが、上司からは「お前が抜けた後のうちの部門のことは考えないのか(笑)」と叱られた。タイでは、メカトロ機器を軸にまずは製造業に関わるものをなんでも売っていこうと考えていた。しかしここでもビジネスの考え方の違いを実感させられる。

「日本だと日本メーカーの設備をどう使うかが前提ですが、タイでは日系ユーザーの現地工場でも、インドの機械ってどうなのとか、インドネシアでこんなことができるメーカーがあると聞いたけど本当なのかと聞かれます。仕入れ先がどこかは日本ほど気にしないのです。だから、このインドの機械をこの工場でこう使っているので、御社でもどうですかといった話をすると聞いてもらえます」

日系企業でも、海外では日本製へのこだわりは意外に低く、メーカー選定の幅が広がったことに山本はビジネスチャンスの広がりを感じた。

「今はリーマンショックの後でタイミングが悪い。でも次の投資ではぜひ検討しよう」

すぐに成約とはならなくても、営業先でこんな前向きな声を聞くこともたびたびだった。

⇒その4「3カ国混合でのラインを受注」

⇒岡谷鋼機

 


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