商社の仕事人(6)その2

2020年01月6日

三菱商事 鐵屋圭一

 

未来は、

足元の一歩から始まる

 

 

限りなく広がるオポチュニティを

父親の仕事の関係でアメリカはヒューストンに生まれ、6歳から13歳までを日本、それ以降をイギリス・ロンドンで過ごした鐵屋は、いつも〝底辺〟からのスタートだったという。

まず、6歳でアメリカから帰国したときには英語しか話せなかったため、日本人でありながら日本語だけの小学校生活に戸惑い、必死で日本語を学んだ結果、普通の小学生として生活をしていた。だが急遽、父親の転勤によりイギリスに渡ることになる。しかも、7年間の日本暮らしですっかり英語を忘れてしまい、今度は一から英語の勉強を始めなければならなかった。そんな鐵屋がイギリスでの大学進学にあたり理系を選んだのは、いわば必然だった。

「ロンドン郊外の現地校、それも寮制学校に編入したのですが、最初は全く意思疎通ができず、勉強どころか、何の授業が行われているかさえも分からない。日々の生活もままならなかった中でのスタートでした。目には見えずとも確実に感じる疎外感から何とか抜け出そうと必要に迫られ英語の勉強は始めましたが、実質ゼロからのスタートなので、どんなに小さなことでも努力した結果が明確な結果になって返ってくる。勉強が初めて面白いと思いました。また、小さい頃から理数系は比較的得意だったこと、英語力で劣後していても理科や数学の法則や定理、公式は万国共通なので差を縮めやすく、結果が見えやすかったので、どうせなら一番下からトップまで行ってやろうと思いました」

こうして鐵屋は、オックスフォード大学やケンブリッジ大学と並び称される世界最高学府の一つ、インペリアル・カレッジ・ロンドン(ICL)の工学部機械工学科に進む。このICLの四年間で、熱力学、発電関連技術など、エネルギー分野に関係する知識を得た鐵屋は、エネルギー分野とも密接に関連する環境分野についても学びたいと考え、ケンブリッジ大学の大学院に進学することを決める。この大学院で鐵屋が専攻したのは「エンジニアリング・フォー・サステイナブル・デベロップメント(持続発展の為の工学)」という研究分野だった。最先端の工学技術の研究に集中するという選択肢もあった鐵屋が、なぜこのどちらかと言えば〝摑みどころのない〟研究を選んだのか。それは、鐵屋には単に技術を探求するだけでは、その先に豊かな実りがあるようには思えなかったからだった。

「新たな技術の開発に集中することも大変重要だと思います。但し、単純な技術優位性のみで市場に通用することは極めて稀で、コスト面のみならず、場合によっては現状からの変更がただ面倒という、一見非論理的な理由により、大学の研究室には素晴らしい技術が数多くあるにもかかわらず、市場に出回っている技術はあまりにも少ない。最先端技術の研究は、私が目指すべき方向とは違うと思ったんです」

鐵屋が興味を持ったエンジニアリング・フォー・サステイナブル・デベロップメントとは、いわば未来と現在の活力をどちらも損なわないような社会を創り出すための工学的アプローチで、産業革命以降に人類が突き進んだ大量生産と大量消費、大量廃棄による、地球温暖化や水資源、鉱物資源、エネルギー、食料供給、生物多様性などの環境問題や社会問題に対する危機意識から誕生した研究領域である。このサステイナブル・デベロップメントには、一般的に環境・経済・社会という三つの側面からの視点が必要であると言われ、それらのバランスの上にこそ、持続可能な発展をもたらす未来がある、とされている。

「例えば、環境だけに傾斜すると、過激な環境保護活動になってしまいますし、経済に傾斜すると利潤追求のために資源を食いつぶすことになってしまいます。また、社会に傾斜すると個人や組織、団体の権利・文化などを重視しすぎて全体の幸福を放棄してしまうかもしれません。こうした、現代社会が直面する数々の問題に対し、工学的な観点から、全体を把握しつつ、また時間軸を考慮しつつ、具体的且つ最適な〝解〟を求めようとしたのが、このエンジニアリング・フォー・サステイナブル・デベロップメントです」

鐵屋はこの研究領域の中から、より身近で、より使える結果をもたらす研究テーマを選んだ。それはケンブリッジの街で起こる慢性的な交通渋滞の解消法についての研究だった。

「自分の住んでいる街で起こっているケースなので、現場担当者への聞き取りや予算の調査など、すべて自分でアクセスでき、相手の反応を確かめることができます。その点、非常にインタラクティブな作業ができます。これを深く攻めていけば、多面的な研究ができ、しかもその結果として現実的な提案もできると思ったのです。そして、実際に最終的な研究結果を行政や交通機関の方にプレゼンすることができました」

自分の研究を夢物語や理想論だけで終わらせたくはないという鐵屋。最先端技術の追求ではなく、複雑な因果関係にある現実のさまざまな課題に対して〝最適解〟を提供しようとするその姿勢は、その後の鐵屋の進路も左右することになる。

就職活動をする際に、鐵屋は日系企業、外資系企業問わず企業の説明を聞いて回った。初めからどこかの業界や会社を志望していたわけではなかったが、説明を聞いた会社の中に三菱商事があった。

「大学や大学院で学ぶ中で思ったのは、現実社会に存在する、場合によっては当事者さえも認知していない問題を特定・理解し、解決策を提供し、まだ見ぬ人と人をつなぎ、そのつながりから新しい価値を生み出したいという欲求でした。それは、メーカーや専門商社でも可能だったのかもしれませんが、自分の進むべき範囲が限定された世界で仕事をするよりも、自らの努力次第で得られるオポチュニティ(機会)に広がりがある世界で仕事をしたかったのです。その点、あらゆるものを商材とし、どこかしら〝摑みどころのない〟印象のある総合商社なら、自分自身を大きく活かすことができるのではないかと思いました」

こうして2006年4月、鐵屋は三菱商事に入社することとなる。

⇒〈その3〉へ続く

 


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