商社の仕事人(7)その3

2020年02月10日

豊島 市町 紀元

 

気がつくと、

ライバルはすべて消えていた

 

 

豊島のスピードスター誕生!

こうして豊島に入社した市町は、2年目にして早くも東京6部1課の主要顧客である大手アパレルメーカーの担当者に抜擢されることになった。だが、たかだか1年の経験で、大手アパレルメーカーのデザイナーやディレクターと対等に話ができるはずもない。いわゆる業界用語についても、現場で一つ一つ体に刻み込むようにして覚えていった。

「どんな勉強をしていても、お客様と生の情報を交換すると分からないことばかりです。たとえば〝チャクブン、用意しておけ〟と言われても何のことだか理解できません。実はチャクブンとはサンプル1着分を作るのに必要な生地の長さのことで、ジャケットだったら3メートル、パンツだったら2メートルを指します。また、〝ビーカー、頼んどいてくれ〟と言われたときのビーカーとは色見本のこと。たとえばベージュと言ってもその色合いはさまざま。ですから小さな生地片を濃度、明度、色味を変えて染色して、デザイナーに確認してもらうのですが、理科の実験のようにビーカーを使って染色したりするので、そう呼ばれるようになったようです」

市町はその大手アパレルメーカーに日参し、布帛を中心とした生地の提案を行った。無論、そのメーカーのデザイナーがどんな生地を好むのか事前に徹底的に調べ上げた。時にはデパートを回り、客のふりをしてそのアパレルメーカーの製品を試着しながら、店員からさまざまな情報を聞き出すこともあった。

「担当となったころは、ライバルが本当にたくさんいました。各社さまざまな提案を行っていましたが、正直に言って金額では差をつけることはできません。他社が1メートル500円で提案する生地を僕が200円にするなんて無理なんです。ですから、差別化を図るために、お客様への対応力、なかでもスピードを重視しました。〝市町に尋ねたらすぐに返事が返ってくる〟と言われるように努力したんです。素材のこと、納期のこと、値段のこと、その場で答えられないことは全部メモをとり、会社に帰ったらすぐに調べて連絡する。先輩に聞いたり、場合によっては原料部隊に配属された同期に聞いたりしました」

これが功を奏して、徐々に市町の名がそのアパレルメーカー内部で浸透し始める。ただちに商売にはつながらなくても、市町とコミュニケーションを取ろうとするデザイナーが増えてくる。そのうち、方々からこんな声を聞くようになった。

「分からないことがあったら豊島の市町さんに尋ねるといいよ。対応いいし、すごくレスが早いから」

いつしか市町は業界ナンバーワンのスピードスターとして、確かな信用を勝ち取っていたのである。

それからしばらくして、市町が提案したダウンを包む生地が採用になった。生地ベースで50万円というささやかな売上だったが、通い始めて初めて成立させたビジネスだった。

「納品を終えてから、デザイナーさんに〝これからもよろしくね〟と言われました。そのひと言が本当にうれしかったんです」

⇒〈その4〉へ続く

 


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