商社の仕事人(10)その4

2017年03月16日

蝶理 菅原 耕平

 

めげず、臆せず、

ビジネスの開発・拡大に

挑み続ける

 

ひたすら混入した異物を除去する屈辱の2か月間

それからしばらく経った時だった。思わぬ試練に直面した。

菅原は、塗料製造に欠かせない重要原料を、世界で唯一のメーカーである米国のA社から輸入し、国内の主要塗料メーカー各社に販売するというビジネスを展開していた。大きなビジネスではあったが、同時に非常に気の張るビジネスでもあった。なぜなら、塗料の製造レシピが確立されており、代替となる原料がないため、もし、その原料に何らかのトラブルが発生したら、塗料メーカーの工場が止まってしまうからだ。商社として、工場を止めるのは最悪の事態である。

ところが、ある日、恐れていた事態が発生してしまった。原料の中に異物が入っていたのだ。

「おたくの原料のせいで、塗料にぶつぶつができて、売り物にも何にもなりゃしないよ。どうしてくれるんだ!」

菅原の携帯に、塗料メーカーから怒りの電話が入った。菅原が、別件で香港に滞在していた時だった。まさしく一大事である。すぐに対策を講じなければならない。異物の正体や、混入した原因は分からないが、原料は袋詰めにして輸入しているので、日本の倉庫に保管されている全ての袋に異物が混入している可能性がある。もちろん、それをメーカーに納めるわけにはいかない。

菅原は、A社にトラブルが発生したことを知らせ、速やかな対処を要求した。しかし、こちらの緊急性とは裏腹に、米国側の動きはどうも遅い。A社で異物混入の原因を究明して、問題無く原料を生産できるようになるまでには、かなりの時間を要することだろう。一方、塗料メーカーには途切れることなく原料を納入し続けなければならない。では、どうすればいいのか。菅原は、一刻も早い判断を迫られた。もう取り得る手段は1つのみ、人海戦術である。倉庫に保管してある袋の中身をすべてチェックし、異物を手で取り除くのである。

「会社上層部に緊急性を伝えると共に、社内で5、6人の『異物除去チーム』を緊急に結成してもらいました。既に原料が納入、保管されていた地方のお客様の工場、品川の倉庫に出向き、宇宙服のようなものを着て、床に敷いたブルーシートの上に空けられた袋の中身を、清潔なシャベルで掻き分けながら、異物が見つかったら摘み出し、新しい袋に入れ直して納期通りにお客様のところに納入するという作業でした。結局、1日6、7時間、週2〜3回、約2か月間も続ける羽目になってしまいました」

真摯な対応こそがピンチをチャンスに変える

菅原は、除去作業の合間に、A社に対してメールで日本の塗料メーカーが直面している緊急事態を都度報告、一刻も早く対策を講じるように要請した。ところが、それだけではA社に、どれだけ大変な状況になっているかが伝わっていないらしく、本腰を挙げて対策に取り組んでもらえなかった。このままでは早い進展は望めない。菅原は米国の現地法人の駐在員とともにA社に直接出向くことにした。

シカゴの本社に行き、会議室に通されて待っていた。社長をはじめ品質管理の責任者、購買の責任者、販売の責任者など、自分より遥かに年上の、いわばオーソリティーがずらりと揃ってやって来た。先方と顔を合わせた途端、菅原は一瞬で不愉快になった。「こんな若造が……」と菅原に対する蔑んだ態度が相手からにじみ出ていたからだ。本来なら、向こうから頭を下げて謝罪するのが筋だ。しかし案の定、彼らは「我々から買いたくないのなら、他から買えばいいじゃないか」という強気の思いからか、真摯に対応しようとはしなかった。怒鳴りつけたいところをぐっとこらえて、菅原は丁寧に説明を始めた。

「そっぽを向かれたら、対応してもらえなくなり、塗料メーカーの工場が止まってしまいます。A社には原料を生産し続けてもらいながら、異物混入の可能性をゼロにしてもらうべく、生産プロセスを分析、改善してもらうというお願いもしなければならないわけで、駆け引きが必要でした。しかも生産プロセスを変更すれば、様々な追加コストが発生するが、多大な迷惑をかけている日本のお客様にそれをヘッジするわけにはいかない。一方、通常の船ではなく、飛行機での緊急少量輸入で生じたコストや、日本のお客様や当社で生じた製品廃棄・機会損失コストは、筋として米国側に負担してもらわなければならない。こうした相反する様々な利害関係が混在した状況下で、日米の間に立ち、うまく話を進めなければならない非常に難しい交渉でした」

現状を的確に認識してもらうために、自分たちが倉庫で除去作業をしている様子を撮った写真を見せたり、もし塗料メーカーの工場が止まったら、これだけの損害額が発生するということを説明した。また、A社がどういう改善を行ったか、本当に異物の混入が防げる設備になっているかを自分たちの目で確かめ、写真におさめた。そうすると、段々にA社の社長の表情や態度が変わって来た。

「最初のうちは、A社の社長は事の重大さを把握できていなかったのです。しかしながら、私から直接『日本では、これだけ大変なんだ』ということを説明、重大さを認識してもらった結果、それをきっかけに、真摯に、積極的に対応してくれるようになりました。また、当社のアドバイスもあり、お客様の生の声を聞くために、来日して、顧客の工場を訪問してくれました。そして、最終的には、当社が品質管理体制をチェック、問題点を検証の上、A社の設備や生産フローなどを改善してもらった結果、異物混入の可能性は完全に無くなりました。商社業は、商品売買が利益の源ではありますが、今回はそれに加え、当社が技術コンサルタントのような立場に立って、A社の生産体制をチェック、指導したケースと言えます」

きちんと相手と向き合って対応する。トルコのK社とのビジネス同様、ここでも菅原の姿勢や行動が功を奏した。菅原は、倉庫で一緒に作業をしてもらった仲間にすぐに連絡を入れた。

一方、日本の販売先からは、A社がどういう対策を取り、その結果はどうだったかということや、菅原たちがどれくらいの異物を除去したかを毎日報告することを求められた。もちろん、菅原には説明責任があるから、その要求に応えなければならない。

「時差の関係で、A社から報告が来るのは夜になるので、私は毎朝それを翻訳して正式な報告書を作り、それから異物の除去に行き、その後に新幹線でお客様のところへ行き、説明するという生活を続けました。こういう後ろ向きの作業は、私のこれまでの社会人生活の中で一番辛いことでした。しかし、そうしたことも含めて、お客様に私たちが精一杯対応していることを理解してもらい、新たに信頼も深めてもらい、取引も従前どおり続けてもらうどころか、〝品質の向上〟を理由に、注文数量を増やしてもらうことが出来ました。クレームというのは面白いもので、ちゃんと対応すれば、最終的には得をするということが結構あるのです」

ピンチはチャンスと言われるが、菅原はクレームを見事にプラスに転換し、信頼を勝ち取ってきたのだ。これも菅原の流儀の1つである。

⇒〈その5〉へ続く

 


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