トラスコ中山 高田真由美
回り道をしながらも
15年目に支店長に
バリバリの支店長なんて柄じゃない
外回りの営業に出て2年経った2014年の始めに、高田は「4月から寝屋川支店長だからそのつもりでいなさい」と営業部門の統括責任者から内示を受けた。営業の最前線の責任者である。入社以来、希望してきた道が開けた。だが支店長は営業を4、5年経験してからのことと漠然と考えていたから、今度は「早すぎる」と不安になった。内示を聞いて青ざめた顔をしていた高田を見て、後輩が「どうしたんですか?」と心配して声をかけたほどだった。
その不安から高田を救ったのは、トラスコ中山に同期入社した友人の助言だった。
「そのままでええやん、と言われました。あなたはバリバリの支店長なんて柄じゃない。これまでもできることを一生懸命やってきて、周りに助けてもらった。そういう支店長がいてもいいんじゃないの、と。それから肩の力が抜けました。自分が不安なままで支店長になったら、そこで働く所員も不幸になると考えて、なんとか気持ちを切り換えていきました」
寝屋川支店は大阪府内の7つの市が営業活動のエリアで、得意先は約150件。所員は7名で規模としては大きい方ではない。経験豊富な男性営業職が2人いて、高田よりも年上だった。
女性の支店へ長はまだまだ珍しい存在で、しかも年齢もまだ若い方だ。取引先にあいさつ回りをすると「ああ、トラスコさんらしいね」「そういう時代が来たんだ」と決まり文句のように言われた。
赴任してすぐ、支店長の仕事とはこういうことかとハッとさせられる出来事があった。
「支店で一番の取引先から、50周年の記念旅行で明日から全員留守にすると連絡があったんです。大事なお客様の大きな節目を知らず、支店長があいさつにも行っていないのではトラスコ中山という会社の恥になります。たまたま私が大阪本社に出張中に支店から報告があり、すぐ秘書課にどうしたらいいか相談をして、お祝いを持ってその足で駆けつけました」
記念旅行に出る前に気づいて事なきを得たが、高田はそれ以来、慶弔ごとを含め、販売だけではない取引先対応を学んだ。
支店の「お母さん」の気持ちで見守る
いかに売るかが営業の仕事の要であることは言うまでもない。だが支店長にはそれ以外にも仕事がたくさんある。
「所員の方がベテランで売ることに通じているので、私が一番に売ってきてその姿を見せるという支店長にはなかなかなれません。その代わり所員みんなが心地よく働けて、売ることに集中できる環境を作るのが仕事だと考えています。抱える業務の量に偏りや不公平感がないかをよく観察して調整することも大切ですし、支店長の肩書きが生きる場面では率先して仕入先交渉も行います」
もちろん1人でも取引先に出かける。売った買ったという話を抜きにして、支店長だから聞かせてもらえる話もある。それを支店に戻って伝え方に気を配りながらフィードバックする。現状で取引がない企業に電話でアポイントを取り訪問するのも高田の仕事だ。売りに行くというよりは、トラスコ中山という会社を知ってもらい、新たに取引を開始してもらうためだ。目標はエリアのすべての販売店様に顔を出し良好な関係を築くことだ。
本社経験が長かったことも、マイナスではなく強みになる。書類の作成は慣れたものだから、提案書作りは高田の役割になっている。まだほかにも高田が自らの役割としていることがある。
「経営企画課時代は経営会議にも出席していたので、トップの方針を長い間直に聞いてきました。当社は経営会議の議事録も社員全員が見られますが、文字では伝わりきらない部分があります。社員のために会社をよくしようと思って始めた施策でも、その趣旨が社員に伝わらないのはもったいないことです。私はその隙間を埋めたいと思っていて、私自身が理解している会社の想いや方針を、朝礼の場などで伝えています」
自分は支店の「お母さん」の気持ちでいると高田は言う。
「みんながんばって、と後ろから見守る。全員が売る事に集中できるよう、そのために必要なバックアップをしていく。そういうスタンスで行こうと今は思っています」
寝屋川支店長になって半年余りが過ぎた。お母さんタイプのリーダーシップが、機械工具類の流通という男性社会もじわじわと変えていきそうである。
学生へのメッセージ
「小学生の頃からなぜかキャリアウーマンにあこがれて、かっこよくバリバリと働く姿を想像していました。しかしトラスコ中山の最終面接の前に、機械工具商を回る営業担当に同行してみると、正直、全然かっこよくはありませんでした。ジャンパーを来て小さな会社を回り、私が持っていた商社の営業のイメージとは違ったのです。
でも総合職は男性のみの採用とか、受付の時点から男女別々の会社もまだ多く、その中でトラスコ中山は男女の違いは全くなく、内定の前に営業現場の実情を隠さず見せてくれたのです。この2点で入社することを決めました。就活中に会社が内情を見せてくれるとは限りません。むしろ見せたくないことは隠す場合が多いでしょう。入社してからギャップを感じるのでは、自分も会社も不幸です。OBやOGに会い、自分から内情を聞き出すぐらいの気持ちで臨んでほしいと思います」
高田真由美(たかた・まゆみ)
【略歴】
兵庫県生まれ。甲南大学経営学部経営学科卒。2000年トラスコ中山に入社。
『商社』2016年度版より転載。記事内容は2013年取材当時のもの。
写真:葛西龍