商社の仕事人(16)その5

2017年04月28日

岩谷産業 西口眞敬

 

水素エネルギー社会に向け、

営業というフィールドで

夢を具現化する

 

グループ一丸となって水素の安定供給を守りきる

営業に配属された後、西口はずっと同時進行で複数の案件を抱えていた。

「当時は1年がかりの液化水素導入の案件で、キャパシティがいっぱいになりかけていました。いかに効率よく進めるか、どれだけ不要な時間をかけないかということを考えながら走っていたような感じです。そこで上司からよく言われたのは、何ごとも段取り、事前準備が全てということ。それなくして正攻法はないと。これはいろんな場面で実際に痛感した大切な言葉です」

十分に下準備をしていても、現実のビジネスは何が起こるか分からない。

西口が担当している仕事の1つに、液化水素の需給管理がある。需要と供給の経過を見ながら、千葉、大阪、そして山口という3プラントの稼働率や輸送を調節するわけだ。限られたリソースがいかに効率よく配分されているか確実に数字に反映されるシビアな業務でもある。

「専用のローリー車による液化水素の全国配送を管理するのも、この業務の重要な一部です。液化水素は当社しか供給していませんから、何かあっても他社に代打をお願いすることができません。インフラとして自社が責任を持って安定供給するのが絶対条件なんです。そのための体制は万全に整えています」

しかし、かつてその万全の体制が崩れかけたことがあった。

液化水素専用のローリー車は、岩谷産業が保有する限られた台数しか日本に存在しない特殊な車両。もちろん整備点検も含めてこれらのスケジュールを綿密に管理してこそ、安定供給体制が成り立つ。

「その日、1台が整備中だった時期にまた別の1台が臨時の整備に入って…といった形で突発的な要因が次々と重なりました。それでついに供給先の1つに黄色信号が灯るという非常事態になりました」

顧客にとっては、岩谷産業が供給する液化水素も電気や水道と同じインフラ。「岩谷に頼めば必ず時間通りに届く」というのが前提だ。納入日時の交渉は最悪の事態、万策が尽きた状況での本当に最後の選択肢となる。西口は、必死になって連絡を取り、色々なシミュレーションを行った。

「何より大切なインフラとしての信頼を守り切るのが、需給管理を任された私の使命です。そこで残りのローリー車の運用を総点検して、配送の振り替え計画を立てました。同時に供給先を担当している先輩営業マンに対して状況を説明し、最悪の事態に陥った場合に想定される事象についても事前アナウンスをしておきました」

実際にローリー車の配車を担当しているのは、物流専門のグループ会社。西口は至急その担当者と打ち合わせして、ベストな配車計画作りに取りかかる。時間との戦いだ。

「他の供給先への影響を最小限にして、決まった日時に残りのローリー車のうちの1台を確保する――。タイムリミットが近づくなか、全ての状況をリアルタイムで把握し、確認しながら決断を下さなければなりません。まるでジグソーパズルのピースをはめるような作業でした。グループ会社の担当者にもかなり無理を聞いてもらったと思います。もちろん相手はその道のプロですから、グループ一丸となった対応で支えてくれました」

実はもう1つ、上司が海外出張で留守にしていたという事情も重なっていた。西口は当時、需給管理の仕事にようやく慣れてきたといった段階だった。

「今なら冷静に対処できますが、正直に言うと無事に配車のめどが立って車が動き出すまでは心底気が気ではありませんでした」

手配完了後、事前アナウンスした先輩営業マンに「平常通り供給いたします。」とポーカーフェイスで電話を入れた。しかし心の中では、「やった!」と、喜びをかみしめていた。

水素需要の高まりと海外への展望

現在もこの需給管理と中国エリアでの拡販営業に打ち込んでいる西口。液化水素の新規案件は設備から納入する大がかりなプロジェクトだけに時間がかかるが、同時進行でいくつもの案件が実りを結び始めている。そうした中で将来を見据えた西口の目に映るのは、やはり水素だ。

「今まさに営業の仕事を通じて水素エネルギーの普及に努めている立場ですが、実際に今、水素エネルギー社会が身近になりつつある実感はあります。最も身近なものの例として燃料電池自動車や家庭用燃料電池がありますが、これからの開発段階で利用される商業用途の水素も需要がますます高まっている。そうした中で、現場の空気としてもビジネスチャンスが広がっていると感じます」

そんな西口の前に今浮上しているテーマが、海外だ。

「入社1年目の終わりに、アメリカで開かれた水素の国際会議に参加する機会に恵まれました。実は英語があまり得意ではないのですが、上司にはできますと見栄を張って。それで苦労もしましたが(笑)、海外の先進的な取り組みを目のあたりにしたり、欧米の企業関係者や研究者らと触れ合うことで、非常に大きな刺激を受けました」

当時はまだ、燃料電池自動車も今ほど大きな話題にはなっていなかった時期。だが実際に海外でその試作車に試乗するなどの経験を通じ、「水素社会は間違いなく近い将来現実になる」と確信した。

水素も将来は海外へ――。具体的なことは全て今後のテーマだが、西口の夢は大きくなるばかりだ。

「まだ個人的な考えにすぎませんが、水素ビジネスもこれから海外展開していくというのは自然な流れだと思います。需要の高まりを考えると、国内で生産して供給するという体制はいずれ変革を迫られるのではないかと――。当社は国内トップシェアの立ち位置にいますが、これからも手綱を緩めることなくいっそう拡大を目指していかなくてはいけないでしょうね」

西口は、水素エネルギー社会実現への希望と、使命感を持ってさらに飛躍しようとしている。

 

学生へのメッセージ

「商社の営業は、やはり元気のある学生が一番向いていると思います。営業にもいろんなスタイルがありますが、当社はとにかく人と会うのが仕事。アポ取りを断られても諦めない精神的な強さがあって、元気よく外へ飛び出していく学生の方が、やはり合っているでしょう。就職活動でも実際に足を運び人と会ったり、その会社の製品に触れてみたりすることが大事。私自身もそうした体験を通じて、事前に抱いていたイメージが変わったことが何度もありました。足を使って人と会って、自分が何をやりたいのか深掘りしてくれたらと思います。当社の社風については、『風通しのいい会社』と言えるでしょう。上司、先輩、後輩達を交えた会議でも活発に意見が飛び交い、誰かの提案に対しては『まずやってみよう』という姿勢で意見が返ってくる。自分のビジョンを具体化するためのフィールドが岩谷産業にはあると、私は感じています。大きな目標に向かってチャレンジしていく、そんな情熱を持った学生にぜひ応募して欲しいですね」

 

西口眞敬(にしぐち まさたか)

【略歴】
1985年大阪府生まれ。奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科卒業。学業は理系で研究一筋に歩んだ一方、大学時代に打ち込んだバスケットボールは今も会社のクラブで続けている。休日には野外のあちこちで汗を流すアウトドア派だ。

 

『商社』2016年度版より転載。記事内容は2015年取材当時のもの。
写真:葛西龍

 


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