日立ハイテクノロジーズ 住谷真裕
ゼロからビジネスを
立ち上げることに
意欲を燃やし続ける
無理な要求にも全員が心を1つにすれば対応できる
価格については、毎日のように仕入れ先である韓国のメーカーと工場の購買担当者との間に入ってやり取りをした結果、これでいけそうだという見込みが立った。そうなると、次はサンプルを要求される。サンプルを作るためには図面が必要なので、工場側からそれをもらい、加工するための治具を作り、外形に合わせてシートをカットしなければならない。当然、それにはある程度の時間が必要となる。ところが、工場側から出される要求は非常に厳しいものだった。「1週間後の何時までに持って来てくれ。間に合わなかったら評価はしないよ」といった具合だ。
「通常なら、とてものめるような要求ではないんですが、ライバルの商社が何社もあって、工場側はどこまで要求に応えてくれるかを常に比較して見ているので、そこは『何とかします』と約束しなければなりません。そして、いったん約束したら、何が何でも守らなければなりません」
そのためには、何よりもまず、仕入れ先である韓国のメーカーに急いで作ってもらわなければならない。最も懸念されるところだったが、韓国のメーカーは快く対応してくれた。住谷の情熱に動かされたという部分も大いにあったはずだが、住谷は次のように語る。
「仕入れ先とは、日頃から顔を合わせてコミュニケーションをとったり、飲食を共にしたりすることで、しっかりした信頼関係を築き上げていました。それが好い方向に回って、無理なお願いにも対応してもらえたのだと思います。だとしたら、私は、必ず注文を取らないといけません。そういう思いがいっそう強くなりました」
出来上がったサンプルを飛行機で空港まで持って来てもらい、それを住谷が受け取って車で工場まで運ぶ。まさしく約束を守るための必死のリレーだった。夜の10時、11時に到着して、すぐに評価してもらうということが何回もあった。
「1分でも遅れたら帰るから、と意地悪なことを言われたこともありますが、ちゃんと待っていてくれたんです。それは本当にありがたいと思いました」
これで、価格と納期を守るという2つの難題がクリアされた。だが、「営業担当者としては、お客様にいかに満足してもらうかが一番大事なポイントになります」と言う住谷は、もう1つのサービスを忘れない。それは、顧客が欲しがる情報を常に提供することである。住谷は業界誌・研究誌をできるだけチェックし、業界動向や顧客に関する記事などを見つけたら、コピーして持って行き、こまめにエンジニアに提供することを心掛けていた。
「エンジニアの方は忙しくて外部の人と接触する機会があまりないので、こういう外部情報をとても喜んでくれます。そういう情報を提供することも営業の役割の1つかなと思います。そうすれば多分、ギブ・アンド・テイクということになって、『こんな案件があるよ』という話にもつながるのではないかと思います」
住谷が光学シートの営業を開始してから、あっと言う間に8カ月が経っていた。その日も、住谷は工場の打ち合わせブースで担当者と対面していた。いつものことだ。今日はどんなリクエストかななどと考えていた時、担当者が言葉を発した。「実は、日立ハイテクさんに決めました」予期しない発言に住谷は言葉を失った。そしてゆっくりと「ほんとうですか!?」と確認した。担当者は笑顔で首を縦に振った。その瞬間、住谷は心の中で「やった!」と歓喜の声を上げていた。「ありがとうございます」お礼もそこそこにすぐに喜び勇んで上司に報告した。
「注文が取れました!」
「そうか。良かったね。おめでとう。出張に出かけるたびに行方不明になるので心配していたけど、注文をもらって帰って来てくれるとはな……」
それは、上司と住谷との2人3脚による新しいビジネスが始まった瞬間でもあった。
⇒〈その4〉へ続く