稲畑産業 伊藤 豪
激動の液晶パネル市場を
行動力と誠実さで勝ち抜く
【略歴】
1982年神奈川県出身。青山学院大学国際政治経済学部卒。2005年入社。
目まぐるしいスマホ市場を乗り切る「情報戦」
「伊藤君、X社製のスマホなんだが、春モデルの受注台数が固まったようだよ」
電話の主は、呟くように囁いた。
周到な準備を怠らず、耳を澄ましていれば、格段なビジネスチャンスが飛び込んでくることもある。
化学品専門商社・稲畑産業の屋台骨を支える商材の1つ、液晶パネル関連部材。その最前線で奮闘する伊藤にとって、ビジネスの最大の武器は情報だ。とりわけ中・小型パネル市場を牽引するスマホは、モデルチェンジのサイクルが早い。そうしたなかで競合を勝ち抜くには、エンドユーザーや業界の動向をいち早く察知して、先手を講じていかなくてはならない。伊藤は2005年入社。約10年のキャリアを通じて磨いてきた情報収集の手腕が、スマホ、テレビをはじめとして大きな実績を挙げている。
稲畑産業にとっての顧客は、液晶パネルメーカー。スマホに代表される最終製品を作る家電メーカー、つまりエンドユーザーに対して、液晶パネルを供給する企業だ。
ひと口に液晶パネルといっても、実際は多種多様な部材の積み重ねでてきている。機能フィルム、各種光学シート、偏光板、バックライト材料などがそうだ。そしてこれらの部材をまた個々の部材メーカーから調達して、液晶パネルメーカーに納めるのが伊藤の役目。といってもただ注文を受けて納品するだけでは、営業は務まらない。技術革新、そして目まぐるしいエンドユーザーのモデルチェンジで、ビジネス環境は常に変動し続けるからだ。
新しいモデルチェンジを前提に、顧客である液晶パネルメーカーに各部材の価格を提案する。性能や品質はみなしのぎを削っており、もはや差別化は難しい。競合との勝負を分けるのは、価格でのせめぎ合いだ。この価格はもちろん、部材メーカーが伊藤に提示する金額で決まる。部材メーカーにできるだけ条件のいい数字を出してもらうよう交渉するのが、営業の腕の見せどころだ。
伊藤は、この激戦区で勝ち組のトップグループと目されている。
部材メーカーが「そんな額では到底無理ですよ」と難色を示すのは、日常茶飯事。そこで決め手になるのが、液晶パネルメーカー、そしてエンドユーザーの情報だ。部材メーカーのほうも、ただ値段を出せというだけでは交渉のしようがない。いつ打ち切られるか分からない不安定な取引より、長期的に安定した取引のほうが価格を下げやすいからだ。
その部材が使われるモデルのスマホが、いつまでどれだけ生産されるのか。また競合が同じ部材に対してどんな価格をつけていて、そこへ自分がいくら提示すれば商談が成立するか。伊藤はこうした情報を素早く的確に掴んで部材メーカーと交渉し、有利な価格を引き出していく。
「競合はこの金額を提示しています。うちも次はここまで下げないと、取引自体がなくなるでしょう。その代わり発注台数の情報は、すでに掴んでいます。安定した売上が確保できる見込みは十分にありますから、ぜひ決断してもらえませんか?」
社内外の豊富な人脈、専門誌、ネット、自ら掴んできた情報を駆使して、渋る部材メーカーの担当者を口説き落とす。こうした周到かつ力強い営業で、稲畑産業の好調な液晶パネル事業を支え続けている。
⇒〈その2〉へ続く