稲畑産業 伊藤 豪
激動の液晶パネル市場を
行動力と誠実さで勝ち抜く
ひたすら訪問するアナログな営業でキャリアを築く
当時は今よりも液晶パネル市場が活況を呈していた時期。作るほうも買うほうも精一杯で、毎日のようにモノの出荷が行われる。そうしたなか伊藤は顧客であるACFメーカー、そして10社近い原材料の仕入れ先との間に立ち、ひたすら連絡を取り持った。顧客にそれぞれの納期と数量を確認し、仕入れ先には予定通り商品の確保が進んでいるか念を押す。自分が売っているモノ自体を見る機会すら乏しく、ただおびただしい伝票の品番を追いかけ続ける日々が続く。
「商社の営業は、こんな細かい仕事までやるのか」
極論をいうなら、顧客が自分で発注と仕入れの管理をすれば商社が間に入る必要はない。しかし10社近い仕入れ先の安定的な管理を、電話1本で任せられるのは顧客にとって想像以上にメリットが大きい。多忙ゆえにおろそかになりがちな確認作業を誰かが統括しなければ、生産が止まりかねない。また仕入れ先も、誰かが納入の段取りをつけてくれればこそ安心してモノ作りに専念できる。
「これが専門商社に求められていることなのか」
旺盛な取引にともなう膨大な業務に忙殺されながらも、伊藤は専門商社の本質を実地で貪欲に吸収していった。
しかも、流通のかじ取りをしながらも、伊藤は積極的に外へ出ていった。日々のやり取りをより確実かつスムーズにしていくには、顧客の担当窓口とテンポよく意思疎通できる関係作りが欠かせない。そのために、何はなくとも顧客を日々訪問する習慣が身についた。後の液晶パネル事業で成果をもたらす「情報収集」も、この地道な顧客訪問がベースだ。
「それは特に誰かから教わったわけではありません。ただ先輩たちも同じようにいつも出払っているのに、自分だけ会社に残っているのもイヤな話なので(笑)。そうやって見よう見まねで顧客を訪問するうちに、いろいろな話のきっかけ、突破口が掴めてくるわけです。こればかりは実際に行ってみないと分からない、本当にアナログな世界ですね」
しかし自発的な訪問を通じ、伊藤は商社マンとして様々な洗礼を受ける。初対面で開口一番、こう釘を刺した担当者もいた。
「君が新入社員かどうかなんて知ったことじゃない。うちは稲畑産業と仕事しているんだからな」
相手は仕事に厳しいことで知られた人物。だが伊藤にとっては学ぶところの多い言葉だった。
「お客様は稲畑だから買ってくれてるんだと、そうした意識でなければいけないというのは漠然とながらも体に染み付いていきました。でもさらにそれをふまえた上で『伊藤君ならどうにかできるはず』と認めてもらえれば、商社マン冥利に尽きる。我々はそのために日々走り回っているようなものです」
⇒〈その4〉へ続く