岩谷産業 近藤功茂
エネルギービジネスで、
〝点〟から〝面〟への戦略を
展開する
近藤にとっても飛躍となった「点」から「面」へのビジネス
やがて2007年5月、近藤らの奮闘を経てついにサテライト基地が竣工。軌道に乗った事業を子会社が引き継ぐ形で、天然ガスの供給が始まった。
天然ガスのサテライト基地供給は岩谷産業にとって新しいビジネスモデルの成功例となっている。近藤はそこで営業としての真骨頂を発揮すると同時に、将来へつながる新たなビジョンの可能性を感じ取っていた。
「通常は大口の工場などに対して、1か所ごとにタンクを設置してタンクローリーでガスを供給するのが当社のスタイル。つまり『点』のビジネスです。ところがサテライト供給は現地に建設するサテライト基地を拠点とすることで、工場団地全体に『面』で一斉に供給することができる。これは当社にとっても非常に面白い挑戦であり、私も新しいビジネスモデルの可能性に大きく刺激されました。自分でもいつか営業として、大きな『面』を描いて形にしてみたいと、そんな欲求がまた湧き上がってきたわけです」
1社とつながるだけの「点」のビジネスは外部要因の煽りを受けやすいが、「面」でなら安定的な収益基盤を作ることができる。そんなビジネスの可能性が、また近藤の闘志に新たな火を点けた。
こうしてプロジェクトをやり遂げた近藤に、また新たな異動の辞令が下る。岩谷産業が大手電力会社をパートナーとして2001年に設立した合弁会社への出向だ。
当時、その合弁会社の社員数は常勤4名。近藤はそこで営業担当課長として営業を取り仕切った。事業の鍵を握るのは、新規ユーザーの獲得による増量とタンクローリーの計画的投資、および効率的な運用による増益だ。
近藤はこうした日々の業務に邁進しながら、社員数4名という環境にまた新たなビジネスの醍醐味を感じていた。社員数が4名という小規模の会社では、営業担当の近藤が税理士との打ち合わせまで行う機会がある。そのため岩谷産業という大きな組織では見えなかった経営の仕組みが、手に取るように見えるのだ。
そこに刺激を受けた近藤は自らの経験のためにと、本来なら業務外だった財務上の報告や経理・業務システムなどに積極的に進んで取り組んだ。こうして周辺エリアの営業責任者へとステップアップしていく。近藤のビジネスの視野はどんどん広がっていった。
全国を舞台に戦略の絵を描き、業界再編の荒波を突き進む
30代も半ばにさしかかり、「〝売る〟ということがだんだんわかってきた」という近藤。そんなタイミングで出向を終え、本社営業室天然ガス部に戻ったのが2011年。以後、LNG事業全体の数字を上げるという大きなリクエストが近藤の両肩に託された。現在はマネージャーの立場で、西日本地区のLNG事業を指揮する日々だ。
「いま国内で伸びている事業はあまりありません。エネルギーを使う工場も海外移転し、国内での新規建設というのもなかなかない。しかし、そうしたなかで比較的新しいLNGの事業は、白地のエリア、白地のお客様がまだまだ残っています。当社がLNG事業を始めて15年近くになりますが、どこもまだ飽和状態にいたっていない。これをどんどん開拓していくのが、いまの私の立ち位置です」
タンクローリーによる物流、低温タンクの製造、ガス供給設備の建設工事、さらにその検査までのLNG販売に関わる一連の機能を全て自社グループとして保有する岩谷産業。また日本中の主要エリアごとに、さまざまな強みを持った拠点がある。近藤はいまLNG事業において、これらを統括する立場だ。白地のエリア、顧客をどのように攻めていくか。その目標に向かって、自分で描いた戦略を形にするミッションに取り組んでいる。
大きなテーマの1つは、やはり「面」。もちろん「点」をこれまで通り継続する必要はあるが、いかに「面」を拡大していくかが近藤にとってこれからの課題だ。
「その意味でも不可欠なのは、エリアの開拓ですね。狙うエリアに対してどのLNG基地を拠点とし、物流、タンク、施工、メンテナンスといった当社グループの機能をどう展開していくか。こうした絵を描いて実行に移していくわけです」
あるいは各地の拠点をベースに、それぞれの特色を生かすことでシェアを広げていく戦略もある。この拠点の子会社はメンテナンスが強い、この拠点は物流が優れている、この拠点は天然ガスの販売量が多い、といったことだ。逆にまた物流が弱ければタンクローリーを増強する、検査体制が弱ければその拠点を新設する、といった投資計画も選択肢に加わる。
日本地図を見ながら思い通りに戦略の絵を描き、成果を現実にしていく。あれほど技術・エンジニアリングにこだわった近藤が営業の醍醐味に目覚めたのは、まさしくこうした部分だった。
「入社当時は決して営業に行かないと周囲に宣言していた私ですが、その醍醐味を知ったいまはもう戻ることはできませんね(笑)」
多くの電力会社と提携する岩谷産業にとって、エリア戦略で競合となるのは各地域のガス会社。従来は電力、ガスともに決まった地域内でのビジネスに集中し、他地域には越境しないのが業界の常識だった。だが2016年4月に迫った電力・ガス小売自由化により、この業界地図も大きく描き換えられていくことになるだろう。もちろん近藤も吹き始めた自由化の風を真っ先に掴んで、意欲満々だ。
「すでに市場に対して多くの企業が進出しているので、淘汰されていく局面もあるでしょう。しかし自由化の風は、我々にとって間違いなくチャンスです。そこでまた自分の描いた絵を現実にしていければ、商社の営業マン冥利に尽きますね」
軍曹の頭の中には、新たな分野に向かっての戦略がすでに大きく描かれているようだ。
学生へのメッセージ
「体育会系という言葉が適切かどうかは分かりませんが、うちの営業はみんな『元気』です。机に向かうより外に出たいという行動力の持ち主が向いているといえるでしょうね。車で工業団地に降ろして『全部回って名刺をもらってこい』と、新人も実際にそういうところからスタートします。古くさいかも知れませんが、私にとっては古きよき地道な営業スタイルがベースにあってこそ、新しい事業展開も可能になります。また、いまは国内全体のパイが減っている状況。そこで拡大しようと思えば、他人のシェアを奪っていくしかない。そうした狩猟型の行動力というのも、これから特に求められていくでしょうね」
近藤功茂(こんどう・のりしげ)
1977年東京都出身。早稲田大学理工学部。2000年入社。「赤黒のジャージ」に憧れて早稲田大学高等学院に進み、高校時代をラグビーに捧げる。さらに大学ではトライアスロンに打ち込むなど、タフなスポーツに明け暮れた。社内では仕事に厳しいことで知られ、営業スタイルは理詰め。熱のこもった言葉で説得することもあるが、基本は詰め将棋のスタイルだと自己分析する。自社の営業に求められる資質として挙げるのは、何より「行動力がある」ことだ。
『商社』2017年度版より転載。記事内容は2015年取材当時のもの。
写真:葛西龍