商社の仕事人(33)その4

2017年09月7日

岩谷産業 伊藤俊輔

 

「自分の本当の立ち位置」

を見据えながら、

海外との緊密な関係を築く

 

不可能と思われたミッション

しかしこうした苦労を経て伊藤が実感したのは、ビジネスでは語学力より人間力が重要ということだ。

「調達はいついくらでどれだけ買うかだけでなく、日本の輸入基地へどう持ってくるかも重要です。輸送中も国内の需要は刻々と変化しますから、船が到着してもタンクに在庫が残っていて全部入れられないことがある。じゃあその船のガスは他社にいくらで買ってもらい、うちはまた次のベストタイミングに他社からいくらで手に入れようと、こうした調整を複数の案件で同時にこなしていくわけです。海外の同業他社からサプライヤーまで、それまで以上に幅広い関係の構築が必要なのはいうまでもありません」

伊藤は2007年から約4年間、シンガポール支社に駐在。シンガポールはアジアにおけるLPガスのトレーディングの拠点だ。特に近年注目度が高く、この5年ほどの間に世界のトレーダーがこぞってシンガポールに事務所を開いている。何かあればすぐフェイストゥフェイスで情報を入手し、必要ならその場で商談を取りまとめることも可能だ。伊藤はこのシンガポールで、世界のLPガスサプライヤーやトレーダーらとの交渉に日々明け暮れた。

「交渉で正確に理解して伝えるのは、もちろん最低限の基本です。ただその上で英語がうまいか下手かは、ビジネスとあまり関係がない。こっちが一所懸命やっていることが伝われば、下手な英語でもちゃんと話を聞いてもらえるんです。ガスを調達する時にも価格交渉が常に不可欠。そこで『お前の頼みなら聞いてやるよ』と言ってもらえるかどうか。海外ビジネスマン相手のそうした関係作りこそ目指すべき部分であり、この仕事の醍醐味でもあるんです」

伊藤がシンガポールに赴任して2年ほど経ったある日、本社から1つの指令が下る。

「調達先の1つである国営石油会社の部長と交渉して、輸入コストのロスを取り戻せと言うんです」

ガスのトレーディングは綿密な契約の下に行われるが、そこに規定されていない事態も起こり得る。例えば4万トンの船でガスを積みに行ったのに、供給側の事情で3万トンしかなかったらどうなるか。買う側は船会社にお金を払って空気を運ぶような格好になり、輸送コストに大きなロスが生じる。

「そのロスがすぐ数千万円という額になるわけです。契約に取り決めがなければ交渉で負担を求めることになりますが、プロがすんなり非を認めて払うはずがありません。しかも相手は国営石油会社の部長という強者。すでに面識はありましたが、それまでの経験から言って絶対に不可能だと思いました」

伊藤が部長の個室に通されると、なかには大勢の担当者らも待ち構えていた。大勢に取り囲まれるなか、伊藤はたった一人で直談判を繰り広げる。

「緊張でうまく喋れず、英語は全くしどろもどろな状態。相手に意味が伝わっているかどうかさえ分からない。それでも部長は真剣に話を聞いてくれました。それどころか『つまりお前が言っているのはこういうことだな?』と、ひとつひとつ内容の確認までして」

そして1時間ほどにわたる伊藤の話が終わった後、部長はこう言った。

「よくわかった。手ぶらでは帰れないんだろ? 半額だけ出そう。顔立ててやるよ」

英語と悪戦苦闘してきた伊藤にとっては大きな成果だった。

「人を動かすのは結局その人のキャラクター、人間性なんです。それが認められれば、下手な英語でも逆に相手から理解しようとしてくれる。こうしてとりあえず不可能だと思われた課題をクリアしたことを本社に報告すると、『ほら見ろ、やればできるじゃないか』と言われました(笑)」

⇒〈その5〉へ続く

 


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