商社の仕事人(43)その1

2018年01月22日

ユアサ商事 日野雄介

 

工作機械ビジネスの

新しいあり方を開拓する

 

 

【略歴】
1984年生まれ。千葉県出身。日本大学理工学部機械工学科卒。2008年入社。大学時代の専攻が機械工学だったのでエンジニアをめざしたが、就職活動の途中で「なにか違うな」と思い始めた。ある企業で「うちの営業を受けてみたら」と言われたのがきっかけで、機械関係に強い商社にも目を向けるようになった。

 

入社後いきなりリーマンショックに遭遇

日野雄介がユアサ商事に入社した2008年の9月、リーマンショックの激震が世界を駆け抜けた。当然ながら日本の商社もその余波から免れることはなかった。名古屋市にある同社の機械エンジニアリング本部中部工業機械部では、取引先からかかってくる電話がパタッと止まった。

にぎやかだったオフィスは静まり返り、それまでの活気を失った。新入社員の日野も「これで大丈夫だろうか」と不安になるほどだった。

翌年1月から、一人で営業に出るようになった。ユアサ商事はマシニングセンターや旋盤などの金属加工機械をメーカーから仕入れて、販売店と呼ばれる卸業者に納める。実際に機械を使うエンドユーザーは、販売店から購入するという商流ができている。

だが不況のためにエンドユーザーも仕事がなく、工場に生産設備を入れるどころではない。

「よく来てくれるのに悪いんだけど、なにもないよ」

いくら日野が販売店を回ってもまったく商談にならなかった。

「商売があれば、その話をすることになるので話題がなくて困るということはありません。しかし商談が皆無で、まだ業界知識もなかったので、世間話や学生の頃の話で盛り上げるぐらいしかできませんでした。カタログを持っていったり、展示会の案内もしましたが、お客さんも、申し訳ないねという感じでそれ以上は反応がない。そういう意味で苦労はしました」

これでも客先を回る意味があるのかなと思う毎日だったが、救いは日野が外向的な性格で人に会うのを苦にしなかったことだ。大学時代の4年間はスポーツジムでインストラクターをしていて、老若男女を問わずさまざまな人に接することに慣れていた。アルバイトの立場ながらも自分が担当するレッスンを持つほどで、サービス業の最前線で集客に貢献していたのだ。

「レッスンに参加してもらうために自分を売り込んだ経験は、社会人になっても活かせると思いました。特に商社はモノを作っていないので、人間力勝負のところがあります。上司には、新人のうちは数字よりも工作機械という商品や業界に早く慣れること、それとお客様の懐に飛び込んでこいと言われていました」

2か月ほど訪問を続けて、初めてマシニングセンターの注文をもらった。「いい話があるから、一度来てよ」と販売店から声がかかったのだ。金額にして約500万円、自動車よりも高い値段だ。自分なりに大きい商売がやっとできたと、日野はほっと一息ついた。景気も回復する兆しが見え始めていた。

⇒〈その2〉へ続く

 


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