商社の仕事人(50)その5

2018年03月23日

日立ハイテクノロジーズ 和波直樹

 

営業の最前線こそ

“商社は人”を実感する戦いの場

 

 

ライバル同士の企業をつなげる!

さて、そんな和波も、1年間の海外業務研修生としての生活を終え、帰国してからの2か月間は放心状態だった。

「帰国後、よくやったと上司・先輩から労って頂きましたが、チェコでやり切れなかったことがたくさんあり、人生で初めて自分の力不足を感じさせられました。それで、何をやっても力が入らないという状態でした」

しかし、巡り合わせとは不思議なもので、和波が自信を取り戻すのもホムトフでの仕事の関連からであった。帰国後、千葉県にある出張所に赴任することになった。それは会社側が和波のホムトフで築いた人脈に期待してのことだった。と言うのも、出張所の近くにはホムトフの顧客の工場があったからだ。しかし当初は、ホムトフでの色々な経験の後遺症と新しい仕事を覚えないといけないという焦燥感から、何をしても地に足が着いていなかった。そんな時に、和波がホムトフで働いていた時に本社でのカウンターパートナーだった人が病気で入院することになり、和波はその代理を務めることになったため、出張所を一時離れることになる。その時のことを和波はこう振り返る。

「自分が向こうでやっていた仕事を客観的に見ることができて、少しずつ自分を取り戻し始めました。また、代理としての役割を完璧に果たすことができたので、自信も少しずつ復活して来たのです。上司・先輩に助けてもらったことも非常に大きかった」

その後、出張所に戻った和波は、いつもの流儀通りに信頼関係の構築を最優先にして仕事に取り組んだ。しかし、ここでもまた予想外の出来事に遭遇する。顧客の工場はもともと道路を挟んで2つあったのだが、1つが別会社の所有となったために、2つの工場は競合関係になってしまったのである。和波にとっては、どちらも顧客だったので、両方の工場の人たちとも変わらず付き合いを続けていた。ところが、2つの工場の人たち同士では互いに顔を合わせる機会がなくなり、関係は希薄化する一方だった。和波としては、そのことが気懸りだった。ある意味ライバルだから当然の結果ではあるが、人間関係を大事にする和波の心中は穏やかではなかった。

そのうちに、和波が東京に転勤する日がやって来た。顧客の購買部が送別会を開いてくれたが、その中から「せっかくだから、向こうの人も呼ぼうよ」という声が上がり、早速、声を掛けたら、部長クラスも含めてたくさんの人が参集し、思い出話と和波の栄転で会は大いに盛り上がった。

「今までお互いに顔を合わせて、酒を飲んだりすることがほとんどなかった2つの工場の人たちが、自分のために一緒になって送別会を盛り上げてくれたんです。それこそ、みんなが私を信頼してくれている証であり、私はそのことが涙が出るほど嬉しかったです」

和波の胸中には、ホムトフでの送別会と同じような暖かい想いがじわりと宿っていた。

⇒〈その6〉へ続く

 


関連するニュース

商社 2024年度版「好評発売中!!」

商社 2024年度版
インタビュー インターン

兼松

トラスコ中山

ユアサ商事

体験