阪和興業 山中淳一郎
まだ誰もしたことのない
ビジネスを求めて海外へ
大切なのは値段がいくらかではなく、モノを切らさないことだ
応接室で上司よりも自分の方が奥の席に座らされて、山中はどうにも居心地が悪かった。
「金属原料部で、なんかおもしろいことを始めるらしいぞ。行ってくれるか?」
上司も詳しい話は聞いていないようで、どんな仕事なんですかと尋ねても要領を得ない。
実はその1年ほど前から、南アフリカにある世界第2位のフェロクロム生産者に阪和興業が出資するという話が進んでいた。フェロクロムとはステンレスの原料となる合金で、クロム鉱石を精製加工して得られる。その契約が正式にまとまり、この4月から日本に輸出するフェロクロムの独占契約権を阪和興業が獲得した。だがこれだけ大きな商売を始めるにあたって人手が足りない。誰かいないのかとなって、山中にも声がかかった――。
金属原料部に移ってから、こうした事情がおいおいわかってきた。
「輸入業務も投資案件も初めての仕事です。阪和興業はこんなことまでやるのかと驚きました。当時の担当者(現在の部長)が、関係者が集まる海外の会議に毎年出席して人脈を広げ、南アフリカの生産者への出資の話に至ったと聞きました。
フェロクロムは契約通り定期的に日本に入って来るので、確実にさばかなければ港や倉庫に山積みになってしまうかもしれません。海運や国内の運送など流通の状況もすべて把握しておく必要があります。まずはこれまでに南アフリカから購入していた国内の販売先を全部訪問し、当社が扱うことになりましたとあいさつかたがた、それまでの取引の内容を確認して回りました」
フェロクロムの需要家は、ステンレス・特殊鋼メーカーが大半を占める。メーカーや、メーカーの窓口となって輸入していた会社を訪問した。実際に取引先に行ってみて初めて分かったことも多かった。
「とにかく、モノを切らさないで出してほしい」
「値段も大事だけど、安定供給が第一だよ」
どこでも言われることは同じだった。原材料調達の世界は、安ければいいというわけではない。安定供給が大前提なのだ。原料は安いに越したことはないが、何よりもメーカーはそれが入って来なくなることが一番怖い。モノがなくては製造がストップしてしまうからだ。
それに対する山中の説得材料は「南アフリカはクロム鉱石の保有量が世界一です」だった。南アフリカの生産者に出資している阪和興業から購入する意味は十分ある。こう話すとほとんどの相手が納得してくれた。
⇒〈その3〉へ続く