ユアサ商事 大城勇一郎
建設機械レンタル会社に、
あらゆる商品を売り込む
建機レンタル会社に売れるのは、建設機械だけではない
ユアサ商事は、会社全体で500万アイテムにも及ぶ数の商品を扱っている。当然、ほかの部署で当たり前に流れているものが、実はレンタル業者にとっては目新しい魅力的なアイテムになることもあると大城は期待している。沖縄でサンドブラストが売れたのもその一例といえるかもしれない。
「こんなものがというのが案外売れるかもしれません。それを探すのが今の私の仕事でもあります。ルールに従えばある程度は好きなようにやらせてくれる会社なので、この商品を売ろうと思えば、大城という個人商店のように活動することもできます。会社の組織力も人脈もお金も使いながら、自分自身の力を試すことができるインフラがあるといっていいでしょう」
現在はユアサ商事が全社的に力を入れているロボットに大城は注目している。建設現場では高齢化と少子化で若い働き手が減る傾向にある。だからロボット類の中でも重い荷物が楽に運べるようになるアシストスーツの需要が出てくるはずだ。ちょうどカタログにも掲載される汎用品が、ここ2、3年で出回るようになってきた。
それとは別に、大城がぜひともチャレンジしたいと考えていることがある。それは海外での勤務だ。沖縄から東京に異動になったときも、第1希望は海外駐在だった。
「生まれ故郷の沖縄でもっと働きたいという気持ちもありましたが、海外に出たいという野望の方が強かったですね。今もその気持ちはより強くなっています。ただ今は建機部門にとって、広域レンタル会社とのビジネスを事業化できるかの境目となる大事な時期です。広域レンタル会社がユアサ商事を必要としてくれるような地位をまず確立して、海外に行くのはその後からという思いもあります。私は機械が好きだからいいけれど、後からこの部門に来る人たちに油の掃除までさせられませんからね(笑)」
東京に来て1年半でそんな大手レンタル会社に、徐々に食い込んでいるという自負はある。
「大学を出たときに、これだけの仕事をしている自分を想像することはできませんでした。ユアサ商事に入って人生が変わったといえるかもしれません」
野望を抱かせてくれるフィールドがあることを実感しながら、大城は次のビジネスのための準備を怠りなく進めている。
学生へのメッセージ
「大学を卒業するとき、特に就活らしいこともしなくて、地元に戻ればなんとかなるだろうと思っていました。リサイクルの会社は技術面が評価されていて、国の機関から補助金も出ていました。でも長い目で見るとビジネスとして継続できる保証はありません。たまたま結婚も考えていたので、安定していて給料がそこそこもらえればと転職先を探していたときにユアサ商事が求人をしていたのが縁となりました。それにしても、よく20代の若造に建設機械の1人区の営業を任せてくれたと思います。ユアサ商事は、商社の中でも泥臭い仕事が多い会社だと思います。建設機械部門は工事現場の人を相手にすることが多いからかもしれません。カッコいい総合商社のイメージしか持っていないとギャップがあるかもしれませんが、自分の力を試したいという人にはお勧めできる会社です」
大城勇一郎(おおしろ・ゆういちろう)
1980年、沖縄県生まれ。2003年立教大学経済学部卒。リサイクルのベンチャー企業に勤務した後、2008年にユアサ商事に入社。
『商社』2018年度版より転載。記事内容は2016年取材当時のもの。
写真:葛西龍