商社の仕事人(66)その4

2018年10月18日

稲畑産業 栃尾裕輝

 

長い企業の歴史に

新たなDNAを

 

 

商社のビジネスに目覚めるきっかけとなった中国出張

初めての海外出張。目的地は河北省辛集市、北京から車で3時間半ほどの片田舎だ。現地スタッフに迎えられて工場に入ると、何をしているかもわからない機械類が音を立てて動いていた。

稲畑産業から来たのは自分1人だけ。〝まず自分が何をすべきかを自分自身で見つけ出さなくては〟右も左も分からないなかで、栃尾はまず徹底して状況の把握に努めた。

同行した顧客の担当者は、納入先となる果汁メーカーで品質管理を担当する40代の課長。幸い製造現場については自分より遥かに熟知している。

「なるほど、この工程で原料の選別、加熱殺菌ではこの条件、最終製品の品質確認が重要なんですね」

栃尾はこの課長にぴったりついて教えを請いながら、ピューレの製造工程、そしてクリアすべき問題に関する全てをゼロから吸収していった。やがて栃尾の頭のなかでは工場での仕事の全体像が理解され始めた。何をすべきかが分ってきたのは、到着から1週間後。製造工程についてびっしり書き留めたメモ帳が何冊も埋まった頃だ。

「現場の製造工程でこのような問題があります。そのためこのような対策を打つことで、問題は解決できると思います」

納入先の課長が懸念していた問題に対して、次々に解決策とその裏づけとなるデータを提示する栃尾。

「どうしたの? 栃尾さん」

それまでただメモを取るだけだった若者の豹変ぶりに、課長が何ごとかといぶかしんだほどだ。だが現場でトラブルが発生した時も昼夜を問わず駆けつけて対処を指揮する姿に、課長の驚きはすぐ信頼に変わった。やがて帰国の2日前、視察に訪れた納入先の責任者が栃尾にこう告げる。

「ありがとう、栃尾さん。本当に助かったよ」

これだ、これがやりたかったんだ――。栃尾の脳裏に6年前のコーヒーチェーンがよみがえった。BtoCかBtoBかなんて関係ない。「人」対「人」として信頼を得、お客さんの役に立てる仕事の醍醐味に気付いた瞬間だった。

2週間の出張を終えて工場を後にする車のドアを閉めたとたん、深い眠りに落ちた栃尾。その胸中では入社以来くすぶり続けてきた思いが完全に吹っ切れていた。

 

周囲を驚かせたコーヒーチェーンとの再会

帰国と同時にまたそれまでのルーティンワークに戻った栃尾。だがその多忙な業務のなかでも、仕事に対するアプローチははっきりと変化していた。与えられた業務をこなすだけでなく、自分から進んでさまざまな提案を行う「仕掛け」がめっきり増えていったのだ。

そして翌2009年。自身の仕事ぶりにいよいよ脂が乗ってきた頃、栃尾は新たな飛躍のステージを自ら形にする。ほかでもない入社前から構想していた古巣のコーヒーチェーンとのビジネスを、いよいよ形にするチャンスだ。

稲畑産業にとっての強みは冷凍果実・果汁。栃尾はその果汁をドリンクの原料として供給するプランを考えていた。といっても、ただいかがですかと提案するだけでは相手の心に届かない。栃尾はルーティンの担当業務のかたわら、さまざまなシミュレーションを行い、その結果を分析。そして今まで稲畑産業が手掛けて来なかったビジネスモデルを考えた。こうして入念に練り上げた提案書を上司に提出した。

「そうはいっても相手は外資の大手。上司もそう簡単に決まるとは思っていなかったでしょう。ただやりたいという私の気持ちを汲んでくれて、『ひとまずやってみろ』という許可が下りたんです」

最初に連絡を取ったのは、アルバイト時代に知り合った担当者。そこから飲料開発を担当とする部署にたどり就くまでに何人もの紹介を経た。

「栃尾くん、それすごく面白いよ。ぜひ一緒にやろうよ!」

相手はすぐに意気投合して、話を持っていく取っかかりをお膳立てしてくれた。こうして栃尾は最終プレゼンの段取りを組み上げていく。

「社内で私だけが知っている相手の内部情報にも言及する必要がありましたから、そこで上司を同席させるわけにいきませんでした。ですから提案は全て私1人でセットアップして、会社対会社で話をする段階で初めて上司を連れてくるよう段取りしました」

万全の態勢で臨んだプレゼン。入社4年目の栃尾1人に対して、相手方は担当部署の部長をはじめ品質管理、マーケティングなど多くの関係者が顔を揃えた。だがあらゆる可能性を想定して練り上げた栃尾の企画書に、誰1人異論を唱えることはなかった。

結果は交渉成立。大手企業との取引が始まることに部署でも話題になった。

⇒〈その5〉へ続く

 


関連するニュース

商社 2024年度版「好評発売中!!」

商社 2024年度版
インタビュー インターン

兼松

トラスコ中山

ユアサ商事

体験