商社の仕事人(66)その6

2018年10月20日

稲畑産業 栃尾裕輝

 

長い企業の歴史に

新たなDNAを

 

 

ついに実を結んだ北海道の農園

仕入れ担当としてブルーベリー事業を牽引してきた栃尾。同時にその脳裏では常に新たなビジネスモデルを模索し続けていた。〝うちはこれまでトレーディング中心だったが、これからはただ右から左にモノを動かすだけの時代じゃない。いまの自分が置かれた状況で、いったい何ができるのか〟そんな探求の末に辿り着いた結論が、北海道での農業ビジネス参入だった。

〝カナダのパートナーは日本での生産に意欲的であり、機械を使った収穫など技術の蓄積もある。いっぽうで日本の農業は高齢化で従事者が減ると同時に、大規模化できない問題を抱えている。こうしたことを我々が持っているリソースでうまく繋ぎ合わせれば、将来全く違うビジネスモデルができるはずだ〟

栃尾にとってそれまでの蓄積を全てぶつけるに相応しい遠大なプラン。1回目の審査会で敗北後、食品事業を統括する生活産業本部の本部長らと打ち合わせを行い、資料やアプローチの手法をどんどん練り直していった―。

そしてついに栃尾は居並ぶ経営陣からゴーサインを勝ち取ったのだった。

苦労に苦労を重ねて掴み取った農業法人「IKファーム余市」を設立。2016年5月にその開所式を行った。将来は海外輸出も視野に入れながら、2018年からの初収穫に期待を寄せる。

だが栃尾は同時に「正直なところこの事業は数億レベルの売り上げにしかなりません」と言う。

「農家でもないJAでもない我々にできることは限られていますし、農業は結果が出るまで長い時間を要します。でもいま我々がこれをやることで農業を変える一助、あるいは後世まで続く変化のきっかけになるんじゃないか。そんな社会的意義こそが私にとっての原動力なんです。そうした意義のある仕事はなかなかできるものじゃありませんからね」

2016年3月にはまた農業に関わる新しいプランを審査会で承認してもらった。ブルーベリーにとどまらない農業ビジネスの多角化を目指して、事業の骨太化を図る方針だ。

当初から抱いてきた、人そして世の中の役に立つ仕事がしたいという思い。それが北海道の農地で大きな実を結ぼうとしている。

 

学生へのメッセージ

「就職活動ではブライダルから商社まで幅広い業界を見て回りました。そんなことができるのも新卒1回きりのチャンスですから、学生のみなさんには商社にこだわらずいろんなところを見て、いろんな人に会って感じてほしいと思います。『自分にはこれが合っている』と思い込んでいても、実は狭い世界しか見ていなかったことに気づくきっかけになるでしょう。商社のビジネスも、結局は人と会うことが基本です。私が足繁く北米のブルーベリー農園に通ったことも、現地生産者との結びつきを強化する上で大いに役立ちました。彼らもただ目先のカネだけでなく、信頼できる取引相手を欲している。それには労を厭わず足を運んで会うということも大きな意味を持つんです。稲畑産業は自由で人間味がある会社。それは126年もの歴史を通じて代々受け継がれてきた企業DNAであり、目に見えない財産です。ぜひそんな魅力を実際に自分の目で確かめてみてください」

 

栃尾 裕輝(とちお・ひろき)

1982年、東京都出身。専修大学法学部卒。2006年入社。中学~高校はテニスに打ち込む。大学時代は一転してコーヒーチェーンでのアルバイトに没頭した。

 

『商社』2018年度版より転載。記事内容は2016年取材当時のもの。
写真:葛西龍

 


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