稲畑産業 栃尾裕輝
長い企業の歴史に
新たなDNAを
農業ビジネス参入のための奮闘
2015年3月。入社10年目を迎えた栃尾は、上司と練り上げた入魂の提案書を携えて社内の承認を仰いでいた。ただし今回は、単なる販売先の拡張といった次元のプランではない。カナダのパートナー企業とともに北海道でブルーベリー栽培の合弁会社を設立し、稲畑産業が農業に本格参入するという前例のないチャレンジだ。だがそれだけに企画書を吟味する定例審査会の壁は厚かった。
「商社は常に新しいビジネスを開拓していかなければならない。それはわかる。しかし農業ビジネスをウチがやる必要はあるのか」
「食品部の今までのビジネス失敗の反省は活かされているのか」
役員たちの容赦のない意見、質問が会議場を飛び交う。
「新しい農業の形を創るためにもこのプロジェクトをやりたいのです」
「地元の協力も町、JAを中心に……」
それに応戦する上司と担当の栃尾。
〝これは絶対可能性のあるビジネスだ。戦略も戦術も十分練ってきた〟
栃尾は、自らに言い聞かせるように、上司と共に難局に臨んでいた。
しかし、企画提案は認められなかった。初戦は見事に敗北。だが栃尾はそこで引き下がる間もなく、臨時の審査会に向けて動き出す。
栃尾とブルーベリーの出会いは、ちょうどコーヒーチェーンでのプレゼンを成功させた頃に遡る。稲畑産業にとって冷凍ブルーベリーは、輸入量日本一を誇る食品部門の花形。その仕入れを統括する役目が、わずか入社3年目の栃尾に委ねられたのだ。栃尾は当時のことをこう振り返る。
「栃尾に任せて大丈夫かという声もありました。失敗すれば食品部門が傾く商材ですからね。責任は重大ですが、私自身は任せてもらえるという自負に奮い立っていました」
ブルーベリーの仕入れ担当となった栃尾がまず取り組んだのが業務の合理化。特に注力したのが「情報」だ。ブルーベリーに関する過去の情報をデータ化し、部署内で共有する仕組みを考えた。
「ブルーベリーの相場や市場はグローバルに動いていて、日本はじめ世界あちこちの需要地の事情もそれと連動している。それを把握できていなければ、最適な戦略を組み立てられない。そこで過去のデータをはじめとする情報が力を持ってくるんです」
情報やデータと言っても、ただパソコンに向かう作業を意味するわけではない。バンクーバー、シアトル、オレゴン、ケベックなどをはじめとする海外の生産現場に足繁く通うのも、情報力を強化するために欠かせない部分だ。
「仕入れ元である各地の生産会社がいまどうなっているのか、現地で実際にモノを見なければ本当のところは分かりません。データを眺めているだけでは、『想定したのと違うモノが届いた』ということになりかねない。このように世界各地の拠点や取引先を通じてナマの情報ネットワークを握っていることが、当社が輸入量ナンバーワンを誇る秘訣なんです」
⇒〈その6〉へ続く