長瀬産業 今村謙太
モノづくり大国・日本の
復権のために
あこがれの商社に入ったはいいが……
今村は小学生時代を香港で過ごした経験から、日本に帰国してからも海外に漠然としたあこがれを抱いていた。大学時代にはカナダへ語学留学し、将来は海外で働きたいとますます熱望するようになる。
そのため就職活動では海外勤務の可能性が高い商社を中心にエントリー。中でも理工学部で身につけた知識が活かせそうだと長瀬産業を選んだ。
当時今村が思い描いていた商社パーソンのイメージは高級なスーツをビシっと着こなし、スーツケースを持ち、携帯で電話をしながら空港を駆け回る姿だった。
しかし、その理想は早々に打ち砕かれることになる。
長瀬産業は一般的な商社とは違い、傘下に数多くの化学メーカーを擁している。営業はその自社グループメーカーが製造した製品を顧客に売り込むという、いわゆるメーカーポジションの営業部が多数存在する。そのため長瀬産業に入社した社員は新人研修の一環としてグループ会社の工場で見学を行う。今村も2007年4月に入社してすぐ33人の同期とともにナガセケムテックスの工場に行った。
ナガセケムテックスは液晶パネルの製作工程で使用される薬液の製造や、電気、自動車、航空機業界で広く採用されている各種強力接着剤、絶縁材料などを開発している化学メーカー。巨大な釜や機械がところ狭しと並んでいる工場の中は化学工場特有の鼻を突く刺激臭が充満し、廃液が詰まったドラム缶が山積みになっていた。そこで働く作業員たちは汗と樹脂に汚れていた。
思わず顔をしかめて眺めていると同行していた人事担当者が今村たちにこう告げた。
「君たちの中の何人かはこの工場の製品を担当することになります」
製品を理解していなければ当然顧客に売り込むことなどできない。ゆえに、この製品の担当になれば一定期間この工場で研修を行うことになる。
(いきなりここにだけは配属になりたくないな……)
今村はそう思ったが、ひと通りの新人研修を終え、正式な配属辞令を見た時、がっくりとうなだれた。電子化学品事業部ファインプロセステクノロジー部FPD2課。ナガセケムテックスの製品を扱う部署だった。
「それはもうショックでした。せっかくあこがれの商社に入れたのにいきなり工場かよ……、しかもメーカー営業って……」
そんな思いをよそに、5月から1か月半に及ぶナガセケムテックスの工場での研修が始まった。
⇒〈その3〉へ続く