日立ハイテクノロジーズ 本永彩子
人をつなぐ商社ビジネスで
海外案件の新規立ち上げに
突き進む
結実した新規案件に向けて中国で奮闘
「携帯電話のアクセサリーにICを組み込んだ製品がほしいんだけど、御社のノウハウで中国メーカーに作らせることはできませんか?」
2年目を迎えて訪れたチャンスは、こんな顧客の提案から始まった。本永が「宿題を持ち帰れ」というスローガン通りの提案を続けた末、顧客のニーズが新しい案件として結実した格好だ。
念願叶った新規案件――。結果的にこれは現地の諸条件が顧客の求めるスペックを満たせず、ビジネスとして成立しなかった。だが成就にいたらなかったという点で悔しさは残るものの、1年間中国に通いつめて奮闘した経験はひと回り成長する上で大きな糧となっている。
顧客から与えられたミッションは、ICタグを組み込んだ携帯電話ストラップ状のアクセサリーを生産すること。モノを作って納めるまで、受発注一式の案件だ。マーケット、価格などの事情から、中国での製造が必須条件とされた。
「よし、承認しよう。本永、これを何としてもまとめ上げてみろ」
上司の承認を受けて顧客と会議を行い、正式にゴーサインを獲得。金額にして3000万円ほど、入社2年目で手がけるには大きな案件だ。ほかの会社に入った同年代の友人たちは、まだ多くが研修中という時期。そこへ新たな中国ビジネスの立ち上げを任された本永は、奮い立つ思いで突き進んでいった。
最初にアプローチしたのは、上海にある日立ハイテクノロジーズの現地法人だ。そもそも顧客が日立ハイテクノロジーズにこの話を持ってきたのは、同社が中国で築いてきた実績を見込んでのこと。単にハイテク分野のノウハウだけでなく、中国では税制対策など現地事情に特化したスキームが欠かせない。本永はこうして社内の知識をあちこちから吸収する形で、準備を整えていった。
そこで発揮されたのが、入社早々に培った「教えてもらうための自分作り」だ。そもそも文系の学部で経済を学んだ本永は、ハイテク分野の専門的なバックグラウンドが皆無。入社してすぐ、専門知識の吸収に明け暮れる日々が続いた。
「商材に慣れるまで時間はだいぶかかりました。当社はOJTで先輩が1人担当となるのですが、お客様のところへ同行しても何の話をしているのかさっぱり分からず、眠くなってしまうんです(笑)。このままではダメだと思って、キャッチアップするために必死で試行錯誤していました」と振り返る本永。そんな試行錯誤を経て自分に課したのが、現場のエキスパートから直に教えてもらえる関係を作り上げていくこと、つまり「教えてもらうための自分作り」だ。
ただ薮から棒に技術者を訪れて質問しても、相手には相手の心構えや都合がある。だがふだんから相手の現場に足しげく通って知己を深め、それぞれの専門について忌憚なく話せる関係が構築できれば、いざという時に強い味方となってくれる。本永はこうした関係を社内だけでなく取引先まで広げて、中国進出にあたっても大きな武器として活用していった。
⇒〈その5〉へ続く